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薬包紙さん

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あとすこしだけ

17/12/20 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 薬包紙 閲覧数:121

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部屋のノブが回る。ドアが開く。
シンデレラの魔法はとうに解けてしまった時間。今夜も。
「おかえり」
俺はりんごの皮を剥きながら顔を上げずにつぶやく。
先に寝てろって言ってるだろ、いつも。
そうだね、でも眠れない。
 
一人で寝るのは寂しいと拗ねてみせる時期はとっくの昔に過ぎてる。身にしみてわかってる。
一人寝が苦手だ。眠りは死への入り口って言うだろ?
目が覚めた時にひとりぼっち、捨てられた子ども。あんな気持ちだけは二度と味わいたくない。
 
5年。そう5年もの間、
俺は12歳年上のこの男の「おまえだけだ」ということばを鵜呑みにしてきた能天気野郎だ。
朝帰りされた日はいつも部屋に戻って来るなり口を塞がれ舌ごと噛み契られるようなキス、延々と繰り返された。
喉元まで出かかった言葉は余さず封じられ、
他の男の匂いの沁みついた体に組み敷かれ、
悔しさで破裂しそうな脳ミソ、なのに抱き竦められ耳を舐られ背中を撫でられるだけで呆気なく力が抜けた。
捩じ込まれ高く突き上げられれば涙を流して何度でも果てる淫乱息子だ。
 
日々繰り返される虚しいままごとみたいな同居生活。
夜毎繰り広げられる汗と精液にまみれたシーツの上の狂宴。
この砂上の楼閣こそが俺たちに許された唯一無二の
 
俺は醒めたくなかったんだ。
じりじりと追いかけられるこの眩暈から。
ずきずきと疼きひろがるこの夢の狭間から。

もうすこし、あとすこしだけ――
 

「なあ」
「うん」
  
ここ出てくよ。今すぐ…下に待たせてるから。じゃ。
りんごの皮を剥く手を止めて俺はゆっくりと顔を上げる。
瞬時に逸らされた視線、あっけなさすぎる幕切れ。
俺が視界に入ることはもう二度とないのだろう。
  
ねえ。
行きかけた背中が訝しげに振り向く。
アトスコシダケ
つぶやきながら頭上高く振りかざしたナイフが天井照明の光を受け俺の手の中でギラリと反射する、
その刃に映ったのは―――
  


出会った頃の、ふざけて肩車し合ってた俺とあんたの笑い顔。


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