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藤光さん

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おとこめし

17/12/17 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 藤光 閲覧数:251

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 正午になるほんの少し前、フライング気味に手早く机の上を片付けて鞄から弁当箱を取り出したところで昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「今日も弁当男子ですか」
 くすくす笑いながらも、隣の三橋さんはぼくの弁当の中身を窺う。一般的に女性はそうするものだ。
「まあね。今朝は手早くできた」
「腕。上げてますね」
 ほら――と言って上下二段に分かれた弁当を見せてあげると「わあ」と小さな歓声があがった。
「彩りもきれいですね。おいしそう」
 褒めてもらえるとやはりうれしい、ぼくは箸をとって手を合わせた。
 ――いただきます。

 まず箸を伸ばすのは、レタスの横に鎮座しているウインナーだ。五歳になる息子の好物で、幼稚園のお弁当にも詰めたからきっと喜んでもらえるだろう。息子は幼稚園の年長組だ。ぼくには仕事があるので、朝の七時から夕方五時まで幼稚園に預かってもらっている。預け始めた当初は「お父さん行かないで」と泣かれて困ったが、半年もすると機嫌よく通うようになった。この一年で絵を描けるようになったし、縄跳びも飛べるようになった。あとは、お弁当に詰めた野菜を残さず食べてくれるようになったら言うことないんだけどな。今日もぼくのことを待っていてくれることだろう。終業後は早く迎えに行ってあげなくちゃ。
 卵焼きも美味しい。このレシピはまだぼくが実家にいたときに母から教わった。母の卵焼きは砂糖が入っていてほんのり甘い。「男といったって、今の時代料理ができないとだめよ」そう言って母はぼくに料理だけでなく家事全般を仕込んでくれた。当時はそれがとても嫌で「勘弁してくれよ」と思っていたが、今となっては感謝している。ぼくの仕事が忙しい時は息子を預かってもらうことも多い。父の面倒を見ながら孫の相手をするのは大変だと思うが、体を労っていつまでも元気でいてほしいと思う。今週末は息子と実家を訪ねて、久しぶりにぼくの作った卵焼きをご馳走してあげよう。母は喜んでくれるだろうか。
 料理に少し手間取るのがきんぴらごぼう。ごぼうは父が実家で育てたものだ。我が家は元々は農家で、さして広くはない畑でさまざまな野菜を育ててきた。近代化の波が押し寄せる中で農作専業は祖父の代で立ち行かなくなり、父は製鉄会社に就職した。鉄鋼生産もこの国の経済も右肩上がりの頃のことだ。そんな父も定年を迎えたあとは畑に戻った。土にまみれてトマトを植え、ナスを育て、キュウリを収穫するのだ。中でもゴボウの出来がよかった。一メートルにもなる長根種は手がかかるが特別な風味がある。その父が倒れたのはゴボウの植わった畝のそばだった。脳溢血だった。以来、半身不随となった父は車椅子生活となった。軽度の認知症も始まっている。この父の面倒を母が一人で看ている。実家を訪ねると父は動かすことのできる右手で息子の頭を撫でてくれる。ゴボウのように日焼け、岩のように逞しかった父の手が白く柔らかくなってしまって久しい。
 最後に箸をつけるのはハンバーグ。ぼくの大好物で妻の得意料理だ。新婚当初の妻は料理がからっきしで、味噌汁ひとつ作れなかった。その彼女が最初にマスターしたのが合挽き肉にタマネギをたっぷり使ったハンバーグだ。作り方はぼくが教えた。新婚早々ぼくは料理を作ったことがなくて不器用だった妻に料理を教える羽目になった。「ごめんね」彼女はそう言って謝っていたけど、そうしていることはとても楽しかった。夫婦ふたりして夕ご飯を作るって、なんて素敵な時間だろうと思った。ハンバーグだけでなく、カレーライス、チャーハン、オムライス……次々と料理をマスターしていって「教えてくれるのは、男飯ばかりなのね」と妻が笑いだす頃には、どんな料理も一通りは作れるようになっていた。
 やれやれ、これで食べる側に専念できるよと考え始めた矢先に、妻が息子を身籠っていることが分かり帰省、ぼくは男飯を作り続けることになった。半年あまりで妻は小さな息子と共に帰ってきたけれど、子育てに忙しい妻に代わってぼくが食事を作り続けたことは言うまでもないだろう。
「ありがとう」
 でも、息子を加えて家族三人となった生活はあっけなく終わった。息子が一歳になったある日、久しぶりに友達と食事に行くと家を出た妻が、交差点で交通事故に巻き込まれたのだ。
「行ってくるね。悠人をよろしく」
 その日の夕食にぼくが用意したハンバーグを、妻はついに味わうことができなかった。以来、ぼくにとってハンバーグは特別なメニューだ。

「おいしそうに食べますよね、いつも。見ているこっちまで嬉しくなっちゃう」
 三橋さんは自分でも箸を使いながらそう言ってにこにこしている。ぼくも笑った。今日は上手くできた。今頃は幼稚園でお弁当を広げている息子もおいしいと言ってくれそうだ。
 男飯は人を笑顔にする――ぼくはそう信じたい。


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