浅月庵さん

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矛先

17/12/17 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:533

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 ◇ 
 幾層にも顔に包帯を巻かれた女性が瞼を閉ざし、ベッドの上に横たわっている。
 その周りを、俺を含め数名の刑事が取り囲んでいた。
「母は生死の境を彷徨っています。ですが、これが事件解決の糸口に繋がるのならお願いします」
 彼女の息子が、神妙な面持ちで呟いた。

 ーー連続主婦殺人事件。
 犯行の手口は絞殺に刺殺、撲殺に溺殺に焼殺と、種類に富んでいた。

 根本早苗はこの事件の唯一の生存者であり、彼女は犯人に廃ビルへと連れ込まれ、顔面を殴打されていた。そこに偶然ビルに立ち寄った若者たちが一部始終を目撃して通報し、彼女は病院へと搬送されたのだが、犯人には逃げられてしまった。

 ……彼女の頭部に“Re:BRA”と呼ばれる機器を装着する。これは人間の記憶を抽出する装置で、事件解決のスピードと確実性に、随分貢献している代物だった。

 小型のモニターに、彼女の事件当時の視点が映し出される。顔面を殴打され、ビジョンはブレブレだったが、俺には犯人の顔に見覚えがあった。

「四村聖......」
 数年前、実母に酷い虐待を受け、或る日我慢の限界を迎えた聖は、反対に母親を殺そうとして、殺し損ねた。未成年だった彼は少年院に入れられ、数年経って外に出てきた時には、母親は病気で亡くなっていたらしい。

 その当時の事件に関わっていたのが紛れもない俺で、それ故に俺は、聖の犯行動機に思い当たる節がある。

 ◇
 事件に使われていた現場は、すべて今はもう使用されていない廃ビルだった。
 それなので、まだ殺害現場に選ばれていないビルをピックアップすると、俺たち警察は分かれて張り込みを決行した。

 ーーそして幾ばくか日が経ち、とうとう奴は姿を現した。
 四村聖はのこのこと、しかも俺たちのグループが身を隠していたビルへ、女性を抱えて足を踏み入れたのだった。

「女性を下ろして、手を上げろ」
 俺は聖に拳銃を向けた。
「あれ、山井刑事?」
 聖の顔つきは、数年前のあどけない表情から変化していないように感じた。
 ただ、双眸は光の一筋さえも宿していないように見受けられる。
「四村聖、お前を逮捕する」
「その節はどうも」
「動くな、止まれ!!」
 俺が怒声を放つと、聖は目を丸くして足を止めた。
「そんな怒らんでくださいよ。いつも冷静沈着だった、あなたらしくない」
「お前、実母を自らの手で殺せなかったから、その無念を母親に似た女性を殺害することで、晴らしていたんだろう」
「名推理。さすがっすね」
「殺害方法も、思いつく限りの残虐的思考を発散しているように感じた。……で、お前の欲求は満たされたのか?」
 俺の問いに聖は大声で、無邪気に笑った。
「きゃははは! あんなの全部“代替品”なんだから、僕が満足するはずないでしょう」

 ーー刑事である俺が特定の事件に対し、私情や個人的感情を挟むのはご法度だなんて、頭ではわかりきっていることだ。
 だが、奴の態度を見ていると、今までの人生で初めて他人を惨たらしいまで滅茶苦茶にしてやりたいと感じた。

「それを聞いて安心したよ」
「え?」
 俺は聖に走り寄ると、彼の胸部に蹴りをくらわせる。呆気にとられたまま地面に伏す聖を、俺は見下ろした。
「お前やっぱり、生かしちゃおけねぇ人間だ」
 俺は誰かが壁に立てかけ、置き去りにした金属バットを掴むと、躊躇なく彼の頭部に振り下ろした。
「ムキになんなよ。お前、刑事だろ!」
 他の警官に止められようとも、俺は母親が殺されたのと同じ方法で、聖の頭をバットで殴る。
「刑事である以前に俺は、お前に三番目に殺された、山井善子の“息子”なんだよ!!」
 俺の胸中は事件発生当時から、正義の情熱よりも復讐の猛火によって、すでに焼かれていたのだ。

 ◇
 だが結局、俺は四村聖を殺し損ねた。
 しかも上のお偉いさん方は、個人的な恨みによる俺の身勝手な行動をあっさりと揉み消したのだ。俺は自分の人生を懸けて、奴を殺そうとしたというのに。

 ーーどうして、俺の母親でなければならなかったのだろうと、自身に降りかかる悲劇を嘆く気はない。

 ただ、目を覚ました四村聖に“Re:BRA”を装着すると、俺に幾度となく頭を殴られたせいで、多くの主婦の命を奪った記憶も、昔母親に虐待されていた記憶も、都合良く抜け落ちてしまっていた。
 さらには、唯一の生存者であった根本早苗も、治療の甲斐なく命を落としてしまい、これで四村聖の事件による鮮明なビジョンは、最早どこにも残されていないこととなった。

 だから、四村聖が病室のベッドの上で半身を起こし「山井刑事にはお世話になった気がします」と純粋無垢な笑顔で言われた時にーー。

 自業自得であるとはいえ、怒りの矛先の所在がわからなくなることこそ、本当の悲劇だと感じたのだ。


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このストーリーに関するコメント

17/12/20 秋 ひのこ

こんにちは。
殴ったせいで記憶が飛んでしまったという展開にまず驚き、さらに「お世話になった気がします」でさらに衝撃を受けました。
怒りの矛先の所在がわからなくなる、という経験もしたことがあるので(復讐劇ではないですが/苦笑)そういうところにも共感できます。
連続殺人という悲劇、被害者になってしまったという悲劇、そして加害者がそれを覚えていないという悲劇。
やるせないですね。考えさせられました。

17/12/20 浅月庵

秋 ひのこさん
こんにちは。

悲劇といっても、単純なものから複雑ものまで様々あると思うので、
それが入り乱れるような構成にしてみました。
自分もやり場のない怒りを湧き上がらせた経験が何度かあり、
まだ叩くものが存在している方が精神的に救われるよなぁと思いながら書いてみました。

ご感想ありがとうございます!

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