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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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べんとう はなえ

17/12/16 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:325

時空モノガタリからの選評

家族というものは、自分から切り離すことのできないものだからこそ鬱陶しくもあり、愛しいのでしょう。思春期はとくに「自由」を求める一方で、家族の暖かさも求めるという、相反する感情の間で揺れ動く時期のような気がします。「天邪鬼」なヒロシの性格は、はなえもよくわかっていて、だからこそ二人のやり取りが面白いですね。子供時代の「婆ちゃん子」から変わっていく孫に、うまく対処する老人のバイタリティを感じました。諸事情で両親とのコミュニケーションが取れない中、はなえの弁当や食事は、きっと根底で家族を支えているのでしょう。ヒロシが大人になり、はなえから教わった料理で、弁当屋を再興することを期待したいですね。

時空モノガタリK

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 山あいの小さな町、川に面した一本道に、間口一間(いっけん)にも満たない小さな店がある。
 『べんとう はなえ』。ヒロシの婆ちゃんが40年続けてきた弁当屋である。師走に入ったその月、木枠のガラス窓に手書きの貼紙が出た。

『閉店のお知らせ
長らく町内の皆さまに愛されて参りましたが、年内で店をたたむことに相成りました。
おせちの予約は十二月二十日まで。通常の弁当販売は三十日まで。三十一日はおせちの受け渡しのみです はなえ』

 中学から帰宅したヒロシは、その貼紙を冷めた目で一瞥し、店を素通りして隣の自宅へ入って行く。
 はなえは狭い店の2階にひとり暮らし。ヒロシはその隣に建つ小さな家に両親と妹の4人で暮らす。が、現実は体が弱い妹は入退院を繰り返し、ほとんど家にいない。両親はそんな妹の世話に忙しく、ヒロシは放ったらかしにされていた。
 そんなヒロシ一家の食事は、昼の弁当も夕飯もはなえが作る。ヒロシははなえの料理が好きではなかった。
 まず煮物が多い。揚げ物はなく、焼きものが少し。サラダではなく、和え物。近年はこれが「おばあちゃんのほっこり弁当」としてブロガーなどにウケけているらしいが、14歳のヒロシはピザやグラタンが食べたいのだ。

「ヒロシ! 帰ったか!」
 自室に入るなり、窓の外から大きな声がした。
 うんざりして窓を開ける。開けるとすぐそこにはなえの2階の窓があり、はなえは用があるといつも窓越しに呼びかけてくる。
「母ちゃんな、また病院行ったから。チサちゃん具合悪いんだと」
「知ってるし。メールきたから」
 ああ? と聞き返すはなえをよそに、ぴしゃりと窓を閉める。
 いつからだろう、こんな風に何もかも鬱陶しく感じるようになったのは。ヒロシは苛々とベッドに倒れこんだ。
 学校は結構楽しい。塾は行ってないし部活も適当。勉強しなくても怒られない。スマホは買ってもらえた。自由だ。なのに、何か、つまらない。
 再び「ヒロシ!!」という声と共にゴンゴンと窓を突く音が響き、ヒロシは飛び上がった。いつの間にか部屋が真っ暗だ。
 顔をこすり、窓を開ける。はなえが箒を手に待ち構えていた。
「晩ごはんできたよ」
 箒の柄にタッパーが入ったスーパーの袋を結び、ぐらぐらしながら突き出してくる。ヒロシは体を窓から出して受け取った。
「玄関から来てくれよ」
「面倒だろうが」
「こっちの方が面倒じゃんか!」
 どちらかがどちらかの家に行って食べるのが一番楽なのだろうが、はなえは絶対にこっちにこないし、ヒロシもまた、はなえと食べるくらいならひとりで食べたかった。「婆ちゃん子」は卒業したのだ。

 それから何度か雪が降り、妹は帰ってこず、父は忘年会で夜も外で済ませてくる日が続いた。クリスマスがさらりと過ぎ、大晦日を前に、妹にひとりで年越しさせるのは可哀相だからと母は病院に泊まり込み、父は「自分の親に挨拶してくる」と、飛行機で出かけて行った。ヒロシはひとりだった。
 元旦。
 『べんとう はなえ』の小窓には内側にカーテンが引かれ、新たな貼紙がしてある。

『謹賀新年
十二月三十一日をもって閉店いたしました。はなえ』

 こんな店、あんな味、いつ潰れてもおかしくなかったんだ。今まで生き残ってこれたのが奇跡だ。ザマーミロ、と思ってしまった瞬間、胸の内がぎりぎり痛んだ。わけもわからず悔しさが込み上げ、ヒロシは眉間に皺を寄せた。

 店の二階に渋々上がり、はなえとふたり、小さな食卓を囲む。
 年季の入った漆塗りの重箱が三段。中身は店で出したものと同じだ。
 おせちだし、最後だし、(売り物だし)ちょっとは華やかなものが出てくるかと思いきや、例年と同じく日本一地味なおせちだった。
 がっかりしながら、はなえが取り分けた最初のひと皿を受け取る。
「あんたのお母さんとチサちゃんの分、別で詰めておいたから後で持って行ってやりな」
 はなえが流し台を指す。綺麗な風呂敷包みが置いてあった。
「弁当っていいだろ。離れていても同じものが食べられる。あの子、今頃これ食べてんだって安心できる」
「さあ、よくわかんね」
 にべもなく返すと、デコピンされた。
「イッテぇ!」
「店は閉じるけど、あんたらの弁当はこれからも作るから安心しな」
「げ、なんで。引退しろよ」
「じゃ、アタシのすべてを伝授するからあんた、自分で作るかい」
 冗談じゃない、と言いかけヒロシは気づいた。さっき貼紙を見て悔しく思ったわけ。
 婆ちゃんの弁当屋が、なくなる。自分が大人だったら、跡を継ぐとか何とかできたかもしれないのに。現実に対しあまりに無力な子供の自分が悔しかったのだ。
 天邪鬼なヒロシは、しかしぷいとそっぽを向いた。
「コンビニめし買うからいいよ」
 可愛くないねえ、とはなえが煮しめをもうひとつヒロシの皿にのせた。


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