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白梅 弥子さん

小説や詩を書き始めました。文章表現とはなにかを考えつつ精進する今日この頃で御座います。

性別 女性
将来の夢 安定
座右の銘 終わりよければすべてよし

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壊れた人形

17/12/14 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:1件 白梅 弥子 閲覧数:188

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アタシの心はいつまでも、赤黒い血を流し続けて、止まることなく脈打ち続けて居りました。
 崩れた端から流れ出して行く心の中身は忌みじくも尽きることはなく、只々空っぽに成って行く痛みがアタシを苦しめ続けました。
 他に好いた女が居るワケでもなく、只身勝手にアタシを捨てた貴方。貴方が居ればそれだけでアタシは満たされますのに。
貴方はもう逢わないと云いましたね。
 でも貴方が居ないと、アタシはどうやって生きて行けば良いのか解らないくらいに、貴方はアタシの心を埋めて居りました。
 貴方は二度とアタシの元には戻らない。もう、耐えられなく成って仕舞ったのです。

 あの夜アタシは包丁を握りしめ、貴方の家の生け垣に隠れて待ち伏せました。
 それから今まで何日間も、途切れ途切れの記憶しか有りません。
次に気が付いた所は自分の家の台所でした。

 貴方が憎たらしいからこんなことしてる訳じゃ無いのよ。貴方のことを嫌いだと想ったことなんて一度も無いわ、ホントよ。許してね。

 アタシはまず脚の付け根に刃を振り下ろしました。

 アタシは不器用だしちゃんとした道具も無いからこんな可愛く無いやり方に成って仕舞ってごめんね。
 ドコへ行くにもずっと一緒よ。嬉しくて仕方無いの。ホラ、いつもみたいに無邪気に笑ってよ。

 貴方の脚、瑞々しくて美味しいわ。噛んでジュワリと染み出す血潮が喉を伝って流れるその感覚すら愛おしい。
 不味いワケ無いわよね、大好きな貴方だもの。包丁の刃はボロボロに成って仕舞ったから、犬喰いしか出来無いのが恥ずかしい。

 そうだ、いつも二人で寛いだ居間に行こうかしら。その方が落ち着くでしょう。
 いつも二人で笑い合った椅子に座らせてあげるわね。これからは毎日一緒にご飯を食べましょう。
 貴方が骨だけに成ってもずっと愛し続けるわ。毎日眺めて居られるなんてホントに幸せよ。

 貴方のお顔を崩して仕舞うのは申し訳無かったけど、目を瞑って、ひと想いに。
 アタシの不器用な指じゃ上手くしてあげられないのを申し訳なく想うわ。
 指先の感覚だけで口元へ運んで、優しく口付けをして、唇を割り開いて硬い弾力を確かめる様に口に含んで、舌で舐め転がして……
 これで、貴方の目は今ホントのホントにアタシしか視て居ないんだわ。と云っても口の中だけなのだけれど。ウフフ。

 こんなに幸せなのに何故だかアタシの心は満たされないの。何故かしら。何故?ナンデ満たされないのよ。

 アタシは泣きながら肉を貪りました。それからはほとんど覚えて居りません。
 一心不乱に引き千切っては口に運び、噛み千切っては飲み干して居た様に思います。
 獣の様に吼えながら血肉を喰らうアタシの姿は、きっと浅ましい餓鬼と大差無かったでしょう。

 どれだけの間、呆けて居たのか分かりません。立ち上がろうとすると、なんだか上手く行きません。
 視界もドコかおかしいのです。均衡を崩して床へ叩きつけられてやっと気付きました。片脚が無いのです。
 先の砕けた骨が剥き出しで滑稽に突き出ているだけです。ずっと泣き喚いて居たせいで悲鳴は音に成りません。
 そして鏡に写ったアタシの顔は、生ける屍その物でした。
 髪はフケ塗れで、皮膚は全体に黒く成った垢だらけ、片眼が有った所には深く窪んだ穴が有り、周りは蛆が巣食って居ます。
 思わず穴に手を伸ばした時に、指もほとんど無いことに気付きました。極め付けは赤黒い血と黄ばんだ脂がこびり付いた口。


 アタシが一生懸命に喰らって居たのは、アタシの脚でした。アタシだけを視ていたのは、アタシの目玉でした。
 アタシはあの夜、貴方を目にした時湧き上がった綯い交ぜの感情で、おかしく成って仕舞ったのでした。

 ハッキリした頭で改めて鏡を眺めました。
 目玉の腐れ落ちた生気の無い顔は、趣味の悪い人形の様に見えました。貴方に愛でられ、ずっと大切にすると云われ、それなのに呆気無く悪戯に打ち捨てられて、無惨に壊れて仕舞った人形です。貴方が捨てさえしなければ、ずっと手元に有っただろう人形です。

 貴方を喰らうことの出来なかったアタシは、満たされないまま苦しみ続ける他有りません。到底生きて行くことなど出来やしません。嗚呼、この侭、孤独を、この身を喰い潰して逝くのでしょう。それでもアタシは貴方を嫌うことも憎むことも出来無いのです。貴方を傷付けたら、自らも同じくらいに傷付くのだと思い出して仕舞ったのです。只々悲しくなる程純粋に、貴方を愛しいと想うて仕舞うのです。
どうか貴方が幸せで居りますようにと、アタシは変わらず願って居りますから……

 心身共に腐って黒ずんだアタシは今も、臭い膿の混じった鮮血を流し続けて居ります。このまま溶けて跡形も無くなるまで、止まることは無いのでしょう。


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このストーリーに関するコメント

17/12/16 石蕗亮

拝読致しました。
ある種の純愛ですね。彼を傷つけなかったところが尚更愛を感じずにはいられませんでした。
想いの強さを感じる作品でした。

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