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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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空色の箱

17/12/13 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:205

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 仕事に向かう道の途中、空から箱が落ちてきた。
 ぼこんと音を立てて僕の頭に落ちたそれは、空色の弁当箱だった。
「いたた……」
 弁当箱と思ったそれは、しかしながら深さがあってとても大きい。ずり落ちた眼鏡を直してその箱を開けてみると、中には不思議な色をした大きな卵が入っていた。
 バスケットボールほどの大きさのその卵は、僕の目の前でごとごとと揺れる。――と、
「ぴぃ!」
「えっ」
 元気な鳴き声を上げ、殻が突き破られた。
「えぇー……?」
 間抜けな声を上げてしまったのは、出てきたのが見た事もない生き物だったからだ。爬虫類と鳥類の間のような姿で、雪の色をした短い毛が全身を覆っている。
「小さい竜?」
 ――のような、そんな感じの生き物。おそらくネットを駆使して検索したとしても、正体は分からないだろうと思われた。
 そっと羽根のような部分に触れてみると、雛(雛、と呼んでいいのなら)は気持ち良さそうに瞳を細めた。きゅいー、と鳴くその声は信頼に満ちている。
 僕を親だと思っているらしいその様子に愛しさを覚えた。僕は雛を撫でると、弁当の蓋を閉めた。
「暴れたら駄目だぞ。怪我をしてしまうからな」
 箱を持ったまま家への道を引き返そうとしたその時、頭上から高貴さを感じさせる女の声が響いた。
「そこの人間」
 空を見上げれば真っ赤な鱗と羽根を輝かせる生き物が飛んでいた。弁当箱で孵った竜とは違う種類の竜のようだ。こちらもまた、どれだけ調べてもこの地球上に棲息している事は確認されないだろう。
 僕の倍ほどの大きさのその竜は、赤い舌を口から覗かせながら言う。
「食事を入れた箱を落としてしまったけれど、まさかこんな所に転がってしまっていたとは。さ、箱をわらわに返せ」
 食事だと言われ、芽生えたばかりの親心が赤い竜への反抗心となる。
「それは無理だ」
 空色の弁当箱を抱きしめて答える。
「渡せない」
 竜がむっとした表情をする。
「平和でのんきな世界で生きるお前のような者には分からぬだろうがな、わらわには世界の扉を守らねばならないという使命がある。大事な役目だ」
 唐突な話に若干驚きはしたが、空想の生き物としか思っていなかった竜が目の前にいるのだから、まぁ異世界という物も存在しているのだろう。うむ、と情報を飲み込んで頷く。
「卵はわらわの好物なのだ。好きな物を食べられると思えばこそ、重い役目も頑張って果たそうと思えるもの」
「何だか随分とささやかな楽しみだなぁ」
 異世界の重責を担う者としてはだいぶ可愛らしい思考だ。
「うるさい。わらわの勝手だ。箱を返せ。卵を返せ」
 うーん、と僕は箱を抱え直して再び空の竜を見上げた。
「卵を返せ、卵が好物だと言われても、もうそれは不可能なんだ」
「どういうことだ?」
 僕の返答に竜は首を傾げ、空から僕のそばまで降りてきた。おどかしては駄目だぞ、と注意してから箱の蓋を開ける。――と、
「ぴぃ!」
「ひゃっ」
 元気よく飛び出した雛に赤い竜は声を上げて驚いた。
「この通り、孵化してしまったんだ」
 きゅいきゅいと鳴く雛に微笑んで傍らを見てみれば、竜は毒気を抜かれたような顔をしている。
「何と……」
「可愛いだろう?」
 問えばこくりと素直に頷いた。指先を雛の口先で動かしてあやすような仕草も見せる。
 すると、雛が赤い竜に向けて「まぁま!」と鳴いた。
「しゃべった!」
 次いでもう一言、「ぱぱ!」と鳴く。――どうやら初めに見た雄を父親、同じく雌を母親だと認識したようだ。
「僕がパパで君がママだってさ」
 思わず吹き出すと、隣の竜は大いに慌てていた。
「そ、そのような事を言われても……っ」
 狼狽する様子に愛らしさを感じた。僕は軽く思案して提案する。
「こいつが育つのに父親と母親が必要で、それが僕と君だと言うなら、夫婦というのもいいかもしれないな」
 僕の言葉に赤い竜はその顔をますます赤くさせた。
「で、でもわらわは体も大きいから家事は苦手で……っ。仕事もあるから迷惑をかけてしまうし」
 鋭い爪を持つ前足を体の前で恥ずかしそうに組んだりほどいたりしながら言う。
「けれど君は、食べようとしていたはずの卵から出てきた雛を見て表情を綻ばせただろう? 優しい女だ。そんな女との結婚ならばきっと上手くいくと僕は思うのだけど」
 弁当箱の中でじたばたと動く雛は、信頼の瞳をこちらに向けて逸らさない。
 そんな雛をじっと見てから竜は僕に向き直ると、しおらしく「……わらわで良ければ」と返事をくれた。

 あれほど卵を返せと強く言っていた彼女も今ではすっかり母親顔で、雪色の竜の子を甘やかして育てている。
 けれど彼女の好物が卵なのは相変わらずなので、僕は頑張る妻のためにたくさんの卵料理を作って、あの空色の弁当箱に詰めて渡す毎日を送っている。


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