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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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象の道

17/12/13 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:292

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 たとえば死期をさとった野生の象が、誰に教えられたわけでもないのに象の墓場に向かうように、人間とことんおちぶれると無意識に自分の墓場に足をむけるようだ。
 そこはビルとビルの間にできた裂け目ともいえる路地の奥だった。あてもなくやってきたつもりだった私がみたのは、行き止まりのわずかな空間の中に影にまぎれてうずくまっている何かの塊――それが私と同じ人間だと目が理解するまで、かなり時間を要さなければならなかった。生きているのか死んでいるのか、それさえ定かでなかったが、辺りに散乱する食べ物の袋の存在が生きていることの唯一の証のようだった。それとさっきから私の鼻を強く刺激している、饐えたような異臭がその人間からにおってくるのはまちがいなかった。この路地の墓場で私を迎えてくれたのは、もはや獣となんら区別がつかなくなった人間だった。
 何もかも、終わった。
 私はもはや、ため息をつく気力もなくしていた。
 年収数億の会社の代表取締役だった私の、これが末路の姿だった。イケメン社長、銀座ナンバーワンホステスとの恋。マスコミでも取取り沙汰他され、世の多くの人々から羨望の的となったのは、ほんの一年前のことだった。
 彩――それが彼女の名前だった。そのバーではじめて彩をみたときの衝撃を、何にたとえればいいのだろう。そのとき私には何人もの女がいた。毎夜とっかえひっかえ、まさに日替わり定食さながらだった。そんな私だから、女には目が肥えているはずだった。
 その私が、彩を一目みた瞬間、完全にのぼせあがってしまい、彼女に乞われるまま一本40万するドンペリを頼んで、二人でわけもなく乾杯をしていた。
 それからの私は、ほとんど毎日、彼女にあうためにバーに通うようになった。
 彩には、多くの取り巻き連がいた。なかには高級官僚や、アスリート、作家などもいて、これまでの女関係では常にトップの座にいたはずの私が、ここではその他大勢の口だとわかったときのくやしさはひとかたではなかった。
 彼女の気をひくためにと、必ず高級酒を注文し、貢物も惜しまなかった。彼女がもとめれば宝石でも車でも、金に糸目をつけずに与えた。
 私は彩と関係のある相手がわかると、片端からメールを使って脅迫文を送った。闇の世界の人間をにおわし、即刻彩と手を切るよう迫った。それは絶大の効果をもよおし、これまで店によく顔をだしていた何人かが、ぷっつりとこなくなった。
 ある日、いつものようにバーに行った私に、彩がいつになく愛嬌をうかべてこういった。
「今夜、いかが」
 疑似餌をみつけた魚のように、私は彼女の誘いに、ためらうことなくとびついていた。
 彼女と一夜をすごした日から三日目に会社に、社員の静止をふりきって、二人の男が私にあいにきた。
 凄みのある目で私をにらみながら男たちは、しかし口調は丁寧に、
「我々結社の代紋を語って、人々を脅迫したのは事実ですね」
 それだけで私には、すべてが理解できた。彩とのひとときをすごしたあと、私は心地よい眠りにおちた。そのあいだに彼女は、私が脅しにつかったメールのはいったフマホを調べたのにちがいない。この男たちが彼女のさしがねでやってきたのはまちがいなかった。
 ひとつの抗弁もできないまま私は、相手の要求する慰謝料数千万を、支払うほかなかった。
 私はすぐに彩とあって、なにもかもうちあけたあげく、許しを乞うた。彼女はひややかな蔑みをうかべて、思い知ったかとばかり私をみた。
 愚かにも私は、彩のことが忘れられずにそれからも、バー通いをつづけた。会社の金をつかいこみ、借金をかさね、金融業者たちからおいかけまわされるようになるころには会社は倒産し、社員たちから未払いの給料の支払いをもとめた裁判をおこされいた。
 私は家を売り払い、まだ残る借金から逃れて、ホームレスに身をおとし、そしてさまよいあるいていきついたさきがこの、悪臭がはびこる墓場という次第だった。
「まったく、なんてざまだ……」
 私は、いつしか口にだして呟いていたことに、いまはじめて気がついてはっとなった。
 しかし、私の話をきいているものなど一人も――いや、目の前に一人いたが、ぼろと垢にまみれたその姿からは、人間的な何ものもかんじられなかった。
「悲劇とよぶだけの値打ちもありはしない」
 自分の声が、周囲の壁にはねかえってもどってきた。
「おたがいさまね」
 ぎょっとして私はあたりをみまわした。いまの声がどこからきこえたのか、さがしあぐねているとき、あのぼろをまとった人間がきゅうにむくむくと身をおこし、からみついた髪をかきあげてこちらをみつめた。
「彩」
 私は自分の目を疑った。だが、その真っ黒に汚れた顔からのぞく、つぶらな瞳の色だけはかわらなかった。
 象の道を歩いたのは、私だけではなかった。


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