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吉岡 幸一さん

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ドアに挟まった!

17/12/13 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:140

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 ドアに挟まった。
 久しぶりに仕事を定時に終えた源蔵は電車に乗って家路へと急いでいた。半年前に結婚紹介所の紹介で知り合った女性と結婚したばかりの源蔵は、一刻でも早く愛する妻に会いたかった。家に帰ったら妻の手料理が待っている、そんな思いにニヤつきながらすし詰め状態の満員電車に揺られていた。五十の歳で二十代の若い妻を娶ったせいか、気持ちだけは若者のように浮ついていた。
 十八時過ぎの下り電車は人でいっぱいだった。ほとんどが仕事帰りの会社員だ。冬なので皆厚着をしているため狭い車内がより狭く感じられた。源蔵は一本でも早い電車に乗りたかったので、発車間際の電車に無理やり太った体を押込んだ。ドアの硝子部分に顔を押しつけられて顔が変形していたが、そんなことは気にもしなかった。
 快速電車で十駅目、一時間もあれば駅に着く。ちょっとの辛抱だ。だが、源蔵は電車のドアに挟まってしまった。コートの裾がドアに挟まれて、引き抜こうとしても外でボタンが引っかかって抜けないのだった。最初の内はよくあること思って気にしなかったし、そのうち挟まっている側のドアが開くだろうと簡単に考えていた。
 しかし幾つ駅を過ぎても挟まっている側のドアは開かなかった。反対側のドアばかりが開いて、どんどん人が降りていく。混んでいた車内も八駅目にはがらがらになり、わざわざ立って乗っている人も源蔵以外にはいなくなった。
 見知らぬ人に助けを求めるのは恥ずかしかったので、車掌が通ったら言おうと思ったが、車掌は一度たりと姿を見せることはなかった。そのうち源蔵が降りる駅を過ぎていき、電車は知らない町へと走っていた。
 このまま終点まで連れて行かれるのかもしれない。そうしたら明日の朝まで電車の中に閉じ込められたままかも。不安になっていると、座っていた女性が立ち上がって源蔵の前までやって来た。マスクをしていたので気づかなかったが同じ経理部の妙子だった。同期入社で年齢も同じ、互いに太っていたので外見的にも近親者のようだった。
「なんで自分の駅で降りなかったんですか」
 妙子は丸い目を輝かせながら顔を寄せてきた。
「あ、君もこの電車に乗っていたんだね」
 妙子の質問をはぐらかして、何でもない風を装って源蔵は答えた。
「嘘。挟まったんでしょう。わかるんですよ」
 勝ち誇ったような妙子、嫌な予感がする。源蔵は手を振って否定したが、隠せるようなことではなかった。
 妙子は断りもなく挟まっているコートの裾を思いっきり引っ張った。外に出ていたボタンは弾き飛ばされ、コートは引き抜かれた。
「ボタンが取れてしまったじゃないか」
「裁縫が得意だから、すぐに代わりのボタンをつけてあげますね」
 そう言っている間に駅に着いて、挟まっていた側のドアが開いた。源蔵はタイミングよく袖を引っ張られ、妙子と一緒に電車を降りてしまった。
「あたしの家はすぐ近くなの。寄っていってくださいよ」
「いや、ひとり暮らしの女性の家には・・・・・・。それに既婚者だし」
「構いませんよ。奥様には内緒にしてあげますからね」
 妙子に引っ張られはしたが源蔵は動かないように踏ん張った。以前、妙子から告白されたことがある。そのとき源蔵には結婚紹介所から紹介された今の妻に心を決めていたので即座に断ったのだが、妙子はそれを知っても諦めることなく、結婚してからも時々思い出したように言い寄ってきていた。
「君のことは人間的には好きだよ。それに仕事が出来るし尊敬だってしている。でもね、それはそれ、これはこれなんだよ」
「あたしだって部長こと、人間として好きだし尊敬もしてる。そのうち奥様に飽きるかもしれないし……」
 理屈では理解していても感情では受け入れられないとはこのことだ。妙子に言葉でいくら説明しても通じはしないだろう。源蔵は引きずって自分の家に連れていこうとする妙子に必死で逆らった。正直、力ではかなわない。鎖に繋がれた犬が散歩を拒否するような気分だった。
 上りの電車が駅のホームに入ってきたとき、源蔵は自ら妙子の胸に飛び込んで弛んだ頬にキスをした。驚いた妙子は一瞬握っていた袖を離した。その瞬間を見逃すことなく源蔵は上り電車に飛び乗った。だが、ドアが閉まる瞬間、妙子の手が伸びて再びコートの裾を掴まれた。ドアが閉まり、コートの裾はドアに挟まれた。電車のドアは開くことなく発車した。
「諦めないから、大好きなんだから」
 電車の走る音とホームに残された妙子の叫びが重なって聞こえてきた。先ほどとは逆側のコートの裾が挟まれたので、またボタンがドアの外で引っかかって取れなかったが、源蔵は迷うことなくコートの裾を思いっきり引き抜いた。ボタンは飛んでいき、コートは取れた。
 ようやく妻のいる家に帰れる。そう思いながら源蔵は車内の中央に立った。


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