1. トップページ
  2. サプライズ

みーすけさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

サプライズ

17/12/11 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 みーすけ 閲覧数:344

この作品を評価する

 愛は待つこと、と誰かが言った。
 私にとっては、そんな言葉も他人事に過ぎなかった。今日この日までは。

 結婚三十年目にして、私は妻にプレゼントを送った。
 三十年間、妻にプレゼントを渡したことなど一度もなかった。それが何故、急にそんな気を起こしたか。
 私の職場に、事務のミカちゃんと呼ばれている女の子がいる。彼女の本名はミカではなかったが、牛乳瓶の底の様なメガネのレンズが、あるマンガのキャラクターを連想させたからである。
 そのミカちゃんが、私の、妻にプレゼントを渡したことがない、という言葉に激怒した。そして、是が非でも、渡せ、と詰め寄ってきたのである。
「でもなあ、ミカちゃん。本当にそんな間柄じゃないんだよ、私と妻は」
「課長、それは甘えです! 奥さんに甘え過ぎです! 絶対、絶対にプレゼントはあげるべきです!」
 凄い剣幕だった。ミカちゃんの熱意に押され、私は決心した。それが、恐ろしい事態を引き起こすとは知る由もなかった。ミカちゃんにももちろん悪気はなかった。あろうはずもない。
 とにかく。私は妻にプレゼントを渡すことを決意し、それを実行に移したのだった。
 どうなることもない、と思っていた。今日も明日も、また同じ日が続いていくのだと。ちょっとくらいは喜んでくれるのでは、程度に考えていた。
 しかし、妻は、私の想像もつかない反応を示した。

「おい、お前、これ」
 夕食の席で、私はぶっきらぼうに紙袋を渡した。何しろ三十年間した経験がないことだ。照れくさくて仕方がなかった。
「何? これ」
 妻は、紙袋を見つめていた。その顔からは感情が読み取れなかった。完全なるブランク――無表情だった。
「プレゼントだ。今日、結婚記念日だったろ」
 私は後悔しはじめていた。照れくさい上に妻は無反応だし、これでは夕食が気まずくなる。だが、私の言葉を聞くなり、妻は膝から崩れ落ちた。
「ど、どうしたんだ、お前。大丈夫か?」
「あなたが、あなたが、私にプレゼントをくれるなんて」
 妻は答えた。ほとんど聞きとれないくらいの涙声で。
 私は、面食らった。そんなに? そんなに喜んでくれるのか。
 渡して良かった。素直にそう思った。そして、ミカちゃんに感謝した。温かい感情が、私を包んだ。それは、三十年前、結婚して以来、初めてと言っても良いかもしれない、底抜けの、温かさだった。

 ところが、その直後。恐ろしいことは起こった。
 妻は紙袋を抱えてそそくさとキッチンへ向かった。やはりあいつも照れくさいのかな、そんな風に考えていると、急に思いつめた表情の妻が飛び出してきた。その手には包丁が握られていた。
 避ける間もなかった。私は、腹を押さえながら倒れた。
「お、お前、なんで……?」
 私は、流れ落ちる妻の涙と自分の血を交互に見つめながら呟いた。たった今、あんなに温かい空気に包まれた、あれは夢だったのだろうか。
 妻の耳には、私の贈ったイヤリングが光っている。信じられない思いで私は問いかけた。
「何故――」
「幸せすぎたのよ」
「何だって?」
「本当に幸せだった。だから、ここで終わりにしようと思ったの」妻は絞り出すように、言った。「明日から、また三十年待つのは、もう無理だから」
 傷口がズキンと痛んだ。
 つまり、私のせいなのだ。妻は三十年間愛を待っていた。私からの愛を。
 それは長すぎる時間だったろう。自業自得、という言葉が浮かぶ。私は運命を受け入れるしかなかった。
 食卓の上では妻の手料理がまだ湯気を立てている。せめて、一口食べたかった。私はそんなことを考えていた。
 次の瞬間だった。妻が動いた。私は止めようとした。
「やめろ!」
 しかし間に合わなかった。妻は今度は自分自身に向けて、刃を突き立てた。
「言ったでしょ? 終わりにするって」
「……馬鹿野郎」
 後悔は、何の役にも立たない。何もかもが遅すぎた。
 最後にできることは、何だろうか。謝る? 三十年間すまなかったと? それとも、礼を言う? 夕食を作ってくれてありがとうと?
 いや。時間は残り少ない。私はありったけの力を振り絞って、妻を抱き寄せた。言葉など、この期に及んで、役に立たない。そう思った。
 すると、妻は私に震える手でしがみついてきた。
 血だまりの中、私たちはできる限り強く抱き合った。悲しい結末だが、自分たちを不幸だとは思えなかった。
 三十年経って、私たちは、今、ようやく夫婦になったのだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン