1. トップページ
  2. 似たもの夫婦

秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

似たもの夫婦

17/12/11 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:349

この作品を評価する

 うっかり仕事用のタブレットを家に忘れ慌てて家に戻ると、居間が居間ではなくなっていた。
「あれ! どうしたの?」
 目を丸くする妻に対し、逆に「どうしたの、......これ」と尋ね返した。
 ごつい三脚に設置された一眼レフが見下ろすのは、明らかに蓋がしまらないほどこんもりと盛りつけられた弁当。それを囲むように白く薄い板が「コ」の字型に立てられ、巨大なスタンド照明が煌々と内側を照らしている。
「買ったの、ネットで。いいでしょ」
 平たい声で妻が微笑んだ。
「こういう天気の日は光がねー、イマイチでなかなかうまく撮れないから」
 言いながら妻は腰を曲げてカメラを覗く。
 妻は『ていねいなお弁当』というブログをしている。弁当を毎朝ふたつ作り、ひとつは俺に持たせる分。もうひとつは撮影用で自分が昼に食べるらしい。ブログ用に一眼レフを買ったときも驚いたが、これではまるで商品撮影だ。
「写真が勝負なの」
 36になる妻の夢は、カリスマブロガーになって料理本を出し、テレビや雑誌に出ること。それなりにフォロワーがいてそこそこ人気らしいが、メディアから連絡がきたことは、一度もない。

 昼休みは後輩や同僚と食堂で食べる。俺が弁当箱を開けるのを今か今かと周囲が待ち望む。開けると、歓声が沸いた。
「今日もおいしそー」
「羨ましいっす、主任」
 毎日のように周りから注がれる羨望の眼差し。小判型のわっぱに詰められた、色合いも栄養バランスも完璧な妻の弁当は、食べ物とは似て非なるもので、なんだか味がしない。
「これ全部野菜なんですよね、すごいです」
 若い女子社員が興味津々で覗き込んできた。
 妻は最近ベジタリアン(しかもオーガニック)に目覚めてしまった。おかげでここ半月、弁当に肉や魚は一切入っていない。
 「やっぱり普通にお弁当作ってるだけじゃ駄目なんだって気づいたの。何か光り輝く個性が必要なのよ」と妻は言った。「オーガニックもね、いいでしょ、流行りだし」
 ブログではそれを「健康のため」としているから呆れる。
 何が健康だ。ごまんとある類似ブログから突出する「個性」がほしいだけだ。その個性も、流行りという時点ですでに埋もれている。
「工夫しても野菜は野菜だよ。喰った気がしない」
 正直に苦笑すると、「またまたー、ゼイタクっすよ」と朗笑に包まれた。

 よく聞かれるのが、「朝ごはんとか晩ごはんもこんなすごいんですか」だ。「きっと家もすごくお洒落で綺麗なんでしょうね」「ていねいな暮らしって憧れる」ともよく言われる。ブログは弁当に特化しているのに、人間の想像力はどこまでも自由だ。
 そこで謙遜こそするが真実は暴露しない自分もまた、ある種の見栄っぱりなのだろう。皆が勝手に「ていねいな暮らし」を俺の背後に夢見るせいで、俺の人望は社内で3割増しだ。
 空きっ腹を抱えて帰宅すると、独特の油っぽい臭いが玄関まで漂っていた。
「おかえり」
 妻がソファで先に食べ始めていた。テレビはついているが、見ているのはスマホだ。
「ミーコめ、邪魔だっつーの」
 横から覗くと、妻はブログ順位を見ていた。いつも同じことを言うので、わかる。『mecoさん』というブロガーをどうしても抜けないのだ。何位になっても、『mecoさん』が目の上にぶら下がっている。同じ30代子なし主婦、同じ弁当ブロガー。
 食卓に置かれたマクドナルドの袋から、自分の分のバーガーとポテトを取り出す。週に1度は食べている。昨日はほか弁。その前はスーパーの惣菜。妻曰く、「弁当に心血を注いでいるから、夕飯まで手が回らない。私はそこまでスーパー主婦じゃない」そうだ。
 撮影用の布やら花やらが散乱する食卓でふにゃふにゃのイモをかじる。
 昨日脱いだ靴下が、まだ同じ場所に死体のように横たわっていた。ベランダの入口には、取り入れた洗濯物の山。着替えはここから取り、また次を上から重ね、山が大きくなったり小さくなったりする。
「あのさあ」
 艶がない黒髪の頭に向かい、声をかける。
「ベジタリアン、やめない? やっぱ昼も肉は食いたい、かな」
 驚くほど素早く丸い頭がぐるんと振り返った。
「えー、だって今、平均7位なのに! オーガニックベジのおかげでやっと10位を割ったのに!」
 久しぶりに、妻の顔をまじまじと見る。こんなに、丸かったっけ。二重顎、肉に埋もれた小さな目、口の周りに吹き出物。ソーセージのような指がスマホを握り締めている。
「じゃあ弁当とは別で肉料理作って。適当にタッパに詰めるだけでいいからさ。で、ブログには書かなきゃいいじゃん」
「えー、それじゃあなんかファンを騙してる感じ」
 冷えたイモをぶちまけたくなる。
 だが、明日も俺は外で薄気味悪く中途半端に笑うのだ。「こんな素敵な奥さんをもってうらやましい」という羨慕の嘆きを浴びて。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン