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氷室 エヌさん

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誰が為の弁当

17/12/10 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:2件 氷室 エヌ 閲覧数:511

時空モノガタリからの選評

選考にかかわったメンバーの間で平均的に評価が高い作品でした。弁当のありがたみが素直に伝わってくる内容が胸に響きました。食事をまともにとることができないほど多忙な時期が誰にでもあると思います。そんな時このような暖かい支えがあるなら、どんなにか人は勇気づけられることでしょう。直接的に仕事を助けるのではないけれど、間接的に健康面と精神面の両面から人を支えること、それが弁当の存在意義なのかもしれないと、しみじみ感じる作品でした。弁当を作ったものが誰なのか、最後まで明らかにされませんが、そのあたりがポイントの付いていない理由かと推測します。ですが別の見方をすれば、わかないからこそ読み手が各々、自分を支えてくれる人々の暖かさや、超越的な存在(ご先祖や神様など)の見守りをそこに重ねることが可能なのかもしれない、と個人的には感じました。

時空モノガタリK

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 勤務先に合わせて、会社近くのアパートに一人暮らしをすることになった。壁の薄いワンルームで、手狭な間取りだった。びっくりするほど安くて、噂によると事故物件らしいが、男の一人暮らしには十分だ。
 ちゃんと自炊しようという当初の決意とは裏腹に、僕はすっかり疲弊していた。上司に注意され、胃を痛める日々。自炊する暇なんてない。昼食は菓子パンで済ませるような日々が、数ヶ月続いた頃のことだった。
「あれ?」
 けたたましいアラームで起こされると、部屋の中は妙にいい匂いで満ちていた。隣人の朝食かな、と思いつつベッドから体を起こすと、ローテーブルには弁当が置いてあった。
 買ったはいいが今まで一度も使っていない弁当箱。ほうれん草のおひたし、白いご飯、卵焼き、鯖の塩焼き。実家から送られてきたは良いものの放置していた食材のことを思い出し、慌てて冷蔵庫を確認した。減っている。どうやら冷蔵庫にあるもので作ってあるようだ。
 ――誰が?
 寝起きの頭が徐々に覚醒する。誰がこれを置いていったんだ。昨日の夜はこんなのなかったはずだし、今も部屋に鍵はかかっている。母親が来るなんて連絡は来ていないし、そもそも合い鍵を渡していない。
 テーブルに近づき、その弁当に手を添えた。まだ仄かに温かい。流し台に捨ててしまおうかと思い弁当箱を持ち上げたが、良い香りが鼻腔を擽る。手が止まった。
「うわっ、もうこんな時間かよ」
 もうそろそろ家を出なければいけない。ひとまず弁当のことはどうでもいい、早く着替えなければ。
 手早く準備を済ませてから僕は少し迷って、弁当箱の蓋を閉め、通勤鞄の底に突っ込んだ。今はとにかく仕事だ。考えるのは後でもいい。
 満員電車に揺られ、会社について、仕事をして、あっという間に昼になった。昼休み中に片付けたい仕事もあるし、今日もコンビニで何か買おうかと鞄から財布を探していたところで、朝の謎の弁当に触れた。
 朝感じた恐怖が背筋を撫でる。僕は人の少なくなったオフィスで、そっと弁当箱を開けた。朝と変わらないメニュー。冷めているが、美味しそうだ。僕はごくりとつばを飲み込み、箸で鯖の塩焼きを一口食べた。
「……うまっ!」
 旨い。卵焼きも、おひたしも、絶妙な味付けだ。冷めていても十分美味しい。弁当箱はすぐに空っぽになった。
 一瞬だけ「ヤバいかな?」と思ったけど、その後も腹が痛くなるようなことはなかった。俺は機嫌良く午後の業務を終え、家に帰ってから弁当箱を丁寧に洗い、ぐっすりと眠りについた。
 それからだ。謎の手作り弁当が、毎朝僕の部屋に現れるようになったのは。
 メニューは毎日違うが、基本的に和食が多かった。いつだったか、夜中ずっと起きて弁当が現れる瞬間を見ようとしたのだが、いつの間にか眠ってしまっていて、弁当はきちんとテーブルの上に用意されていた。
 僕にこんな料理スキルはないし、ましてや夢遊病患者でもない。この部屋にいる精霊か何かが、僕のことを不憫に思って弁当を作ってくれたのだろう。そう好意的に解釈して、僕は毎日美味しい弁当を頂くことにした。
 焼き鮭、竜田揚げ、生姜焼き、ちくわの磯部揚げなどなど。時に、部屋の虚空に向かって「明日は唐揚げがいいな」などと言ってみたら、本当に次の日の弁当には唐揚げが入っていたことがある。
 ただ、「毎日唐揚げがいいです」と言ってみたら次の日の弁当には、白飯の上に海苔で『健康第一』と書かれていた。そして野菜中心のメニューになっていた。反省した。
 そんな生活にもすっかり慣れた頃だった。本社への昇進することになった僕は、アパートから引っ越すことになった。
 段ボールだらけになったワンルームで、今まで食べた数々の弁当のことを思い出した。多分、この部屋には何かがいるんだろう。弁当の精霊なのか、幽霊なのかは分からないけど、僕を応援してくれる何かがいたというのは確実だ。だから。
「あのさ、ありがとう、今まで。君のおかげで、僕は倒れずにここまで来れたんだよ」
 勿論返事はない。物のなくなった部屋は殺風景で、でもどこか暖かい。
「いつも美味しいお弁当、ありがとう……」
 そんなことを言いながら、情けないことに僕は眠ってしまったようだった。
 その日妙な夢を見た。誰かが部屋の段ボール箱を開けて、弁当箱を取り出して、そこに料理を詰めていく。俺はそれを見ている、という夢だった。
 引っ越し当日の朝、フローリングの床には弁当箱が用意されていた。蓋を開けると、美味しそうな唐揚げが入っていて、笑みがこぼれた。
「……ははっ」
 ああ、これが最後なんだ。そう思ったら笑えてきて、泣けてきて、僕はぼろぼろ涙を流しながら弁当を食べた。
「美味しかったよ、ありがとう。ご馳走様」
 きちんと手を合わせて礼を言う。返事はなかった。でも、それで良かったと思った。


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このストーリーに関するコメント

18/01/16 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
心が洗われるような、温かいお話ですね。
ひねくれ者の私はホラー展開を予想していましたが、見事に外れました(苦笑)
最後のお弁当を涙を流しながら食べる主人公の姿と、そこにいるであろう姿の見えない応援者にこっちまで泣けてきました。
素敵なお話をありがとうございます!

18/01/18 氷室 エヌ

>>光石七さま
お褒め頂き恐縮です。
確かに、ホラー展開でもまた違った印象の話になって面白そうですね!
コメントありがとうございました。

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