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吉岡 幸一さん

性別 男性
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弁当屋は巡回する

17/12/10 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:525

時空モノガタリからの選評

弁当を買うために五十六階まで並ぶ人々の光景がなんともシュールですね。世間の流行りというものは、結局中身のないものであることが多いのかもしれません。この作品はまた、寓話的に人生の滑稽さを象徴しているようでもありますね。世間的な目標に向かって苦労して生きてきたのに、人生の終盤になって、それが大した価値のないものであることが気づいてしまうとか、あるいはもう既に自分が手に入れているものを一生懸命追い求めていただけことに気づいてしまうといったことは、よくあることなのかもしれません。シニカルだけれども真実をついた内容だと思います。やはり世間の価値観に安易にのせられるのではなく、自分の目で確かめることが必要なのでしょうね。必死に幻の弁当を求める人々の様子にはなんだか身につまされました。

時空モノガタリK

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 その人気の弁当屋は高層ビルの五十六階にあった。人気があるということは行列が出来るということで、弁当を買うためには列に並ぶ必要があった。普通の店ならばビルの五十六階までエレベーターを使って昇ればよかったのだが、この店は人気があるために階段を歩いて登らなければならなかった。つまり一番下の階から最上階までの螺旋状の階段をずっと人が並んでいるのだった。
 数時間並べば弁当が買えるというほど生易しくはなかった。月曜日の朝に並び始め、弁当を手に入れられるのは早くても金曜日の昼過ぎだった。
 僕は寝袋と着替えと金を持参して万全の準備をしてこの頂きに挑んだ。
 幸い三階から並び始めることができた。ついていると言わなくてはならないだろう。もしかしたら三日で弁当屋にたどり着けるかもしれない、と思ったがそれは甘かった。
 並び始めて一時間もしないうちに一階まで列は伸びてしまったみたいで、ビルの館内放送が一階からビルの外に出て並ぶことを禁止するアナウンスをしていた。
 こういった場所では前後の人とは仲良くしなくてはならない。前は四十代の主婦、後ろは二十代の大学生だった。
「子供がどうしてもここの弁当を食べてみたいと言うので」
 前の主婦は恥ずかしそうに言いながら携帯で撮った子供の写真を見せてくれた。小学六年生になる野球好きの男の子だという。
「サークルの仲間に自慢したいんだ。ここの弁当を食べた奴は周りにはいないかならな」
 後ろの大学生は少年ジャンプを読みながら話してくれた。
 僕はプロの料理人になって八年目だった。人気の弁当を味わって学びたかったし、単純に食べてみたかった。どれほど美味しいのか想像しただけで涎が垂れてくる。
 月曜日に並び始め水曜日には三十階までたどり着いた。案外気楽で楽しい三日間が過ごせた。しかし、途中で諦める人もいて上の階から文句を言いながら階段を降りてくる人も何人かいた。「絶対たどり着けない」「これ以上会社を休んだら首になってしまう」「弁当一個のためにこんな苦しい思いなんてできるか」降りていく人は諦めた惨めさからか、うな垂れるか逆に虚勢を張るかのどちらかであった。
 上の階の様子を見に行こうとすれば、大勢いる警備員に列に戻るように言われ、トイレに行こうとすれば各階のトイレまで警備員が着いて来た。食事や飲み物はどうしたかといえば、朝、昼、晩と弁当屋が階段を登り降りしながら販売していたので、持ってきた食料が底をつけばそれを買うしかなかった。
 巡回する弁当屋は、五十六階にある目的の弁当屋とは別の弁当屋なのだろう。お世辞にも美味いとは言い難かったし、列に並んでまで買うような弁当ではなかった。豚の餌よりはマシな程度である。
 少しずつではあるが確実に上の階には進んでいたので、この調子で行けば金曜日には目的の弁当屋に着きそうだった。だが四十階にたどり着いたときから様子が変わった。腕章をつけた体格の良い警備員が四十階にたどり着いた人、一人一人に説明をしていた。
「ここからは列から離れたらもう戻れません。弁当を買うためには最初から並ばなければなりません。もちろんトイレで列を離れることも認められません。ルールですから」
 前にいた婦人はここで離脱した。さすがに一日中トイレを我慢する事なんてできない。腹をたて警備員を押しのけてトイレに行こうとした人もいたが、簡単にねじ伏せられてしまった。強者はトイレにいけないのならこの場でしてしまえばいいと、ズボンを脱ごうとしたが「不衛生な行為は禁止です」と、言われて列から外されてしまった。理由を訪ねても警備員は「ルールですから」としか答えなかった。
 当然脱落者は増えていく。脱落者が増えて行けば階段を登るペースは早くなっていく。金曜日の朝には僕は五十階までたどり着いていた。もうこの時には後ろの大学生もいなかった。前も後ろも別の人がいたが、互いに排せつを我慢することに精一杯で話しかけたりする余裕はなかった。
 後少し、後六階登れば目的の弁当が買える。人生でこれほどトイレを我慢したことがあるだろうか。何も食べず、何も飲まず、僕はひたすら一段一段登れるのを待った。巡回してくる弁当屋に目を向ける余裕のある者はこのエリアにはいなかった。
 五十二階を過ぎた頃から急に階段を登れるペースがあがっていった。見ると巡回している弁当屋が上段から一人一人の耳元で声をかけていた。耳打ちされた人は耐えきれず前と後ろを手で押えながら列を離れていった。青ざめた顔が更に青ざめ、声を発する気力もないようだった。
 弁当屋は僕の前に来ると同じように耳打ちしてきた。
「五十六階で売っている弁当はあなたが今までここで食べてきた弁当と同じですよ。だって私が作っているのですから」
 僕が即座に列を離れトイレに向かったのは言うまで、も……。


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このストーリーに関するコメント

18/01/16 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
お弁当一つを買うために五十六階を目指して何日も並ぶ人々。
実際にはありえないことですが、選評にもあるように、このお話は風刺であり寓話だと思います。
ラストの主人公の姿に思わず苦笑しましたが、自分も彼や必死に並んだ人々と大差ないかもしれないと、己を振り返った次第です。
含蓄があり、面白いお話でした。

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