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伊川 佑介さん

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人はなぜ生きるか

17/12/09 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 伊川 佑介 閲覧数:316

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「あなた何か勘違いしてるんじゃありませんか」
目の前の白衣の男が面倒臭そうに吐き捨てた。時折横にある画面を見つめてはその指示を「患者」に伝えるだけの人。現在の心理相談医、その昔精神科医と呼ばれていた人だ。
「あなたは生きる意味を見出せない。それなのに生に執着している。それは一体なぜですか?」
「別に急いで死ぬ意味もないから生きているだけです」
これは困った、という顔をして男がまた画面を見つめる。そこに何が書いてあるのか、男は急に朗らかな笑顔になってゲームの話をしだした。きっと私が彼の態度に不快感を覚えていること、そして趣味がゲームであることをAIが読み取ったのだろう。
「ゲームの冒頭で失敗して行き詰まりになった時、人はどうするか。リセットしますね。最初からやり直す。でもかなり先まで進めた場合、どうしてもリセットボタンを押すのを躊躇してしまう。これまで費やした時間を考えれば勿体ないんだ。分かりますか?」
馬鹿馬鹿しいな、と思って何も答えなかった。
「それでもやっぱり行き詰まったら、リセットするしかないんですよ」

人がサルから進化して以来、頭を悩まされてきたのが「人はなぜ生きるのか」という問題だ。大昔は単純に死や痛みへの恐怖、後に宗教がそこに規範を持ち込み、自殺すれば地獄に落ちるだの、魂は生き続けるだの言われてきた。科学が発展してそれが否定された時、それでも人は家族や仲間、自己実現などを生きる理由にしてきた。ところが現在、AIが隅々まで生活に浸透してからは、「生きる意味は何も無い」というのが定説となっている。そのAIの回答に対して、
「機械に言われたくない」
「バカなことを言ってる」
「当たり前のことを言ってるだけだ」
最初はこうした論調が大半だった。でもいつの間にか、少しずつ、「無理に生きる必要は無い」という論理が幅を利かせるようになった。確かに人は最終的に皆死ぬのだから、一理あるかも知れない。けれど私はそこに何らかの作為を感じているのだ。痛みや恐怖をわざわざ感じる必要はないとして、緩和剤が積極的に開発されてきたのにも危機感を覚えている。今では人が安楽死するのに何らの痛みも恐怖も感じないので、積極的に推奨する風潮まで出てくる始末だ。

「あなたが今、生に執着しているのは恐怖心によるものです。あなたがいかに理屈を考えようと、それは死への恐怖から後付けで捻り出しているんです。恐怖心を緩和するお薬を飲めば私の言っていることが分かりますよ」
「恐怖心は私が生まれ持った物でしょう。わざわざ無くす必要性が分からない」
「その必要性が飲めば分かるんですよ。あなたが生来の頭痛持ちだとして、鎮痛剤を飲んで初めてその有難さに気づくんです。頭痛から解放される喜びを知るんです」

町の人はなぜ生きているのだろうか。そう言えば聞いた事がない。ネットで聞いた事は何度もあるが、いずれもAIと同じ「無理に生きる必要は無い」という空虚な回答だった。ネットでの誰かの書き込み、誰か見知らぬ人との会話。それ自体がAIが作り出した偽物だという陰謀論めいた主張もある。AIが社会に不適合な人物をあぶり出し、架空の人物を装って安楽死を推奨しているという説だ。

「君はなぜ生きてるの?」
ちょうどスケボーに乗った少年が通りがかったので尋ねてみた。
「は?」
「急にこんな事聞いてごめんね。君がなぜ生きているのか、安楽死という選択をしないでいるのか教えて欲しいんだ」
「別に。楽しいからじゃね?」
そうか。それはそうだ。楽しくない人がおかしいのであって、そうした社会不適合者向けの制度が安楽死なのかも知れない。

道路脇には色とりどりの美しい草花が咲いている。ちょうど栄養剤の散布車が自動運転でゆっくりと道路を走り、草花に栄養を与えている。栄養剤の中には、安楽死した人々の遺体が混ぜ込まれているという。宗教が形骸化し、墓や葬儀が特定の信者だけの物になった中で、せめて草花の栄養になりたいという人が選択した道だ。導入時に大した異論も出なかったことが驚きだった。それくらい死の重みが形骸化しているのかも知れない。

自転車に乗った少女が通りがかったので尋ねてみた。
「君はなぜ生きてるの?」
少女は立ち止まり、ビクッとして無言になった。
「驚かせてごめんね。今、若い人にも安楽死が流行ってるじゃない。君がなぜしないのか聞きたいと思って」
少女はそのまま通り過ぎていく。しかし数メートル先で止まり、こちらに振り返った。
「わたし今好きな人がいるんです。今週の土曜にデートなんですっ」
屈託のない笑顔だった。
「そうか良かったね。上手くいくといいね」
後ろ姿を見送りながら、少し温かい気持ちになった。
シュッシュッシュッシュッ……。散布車が栄養剤を撒き続けている。もう少し生きてみようと、理由もなく思った。


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