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井川林檎さん

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させてくれ

17/12/08 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:457

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 殺人鬼が乱入して、職場の皆が、あっというまに死んでしまった。
 イジワル課長も、悪口ばっかり同僚も、こんな死に方をするなんて、悲劇だ。

 わたしは幸い、倉庫にものを取りに入っていた。
 その最中を見なかったのは、せめてもの救いだ。

 本当は、倉庫にいる間、とんでもないことが起きていることを察していた。
 
 「うはははは、殺す殺すころーす」
 ぶいいん。
 
 それは、このテナントの周りにはえる雑草を取り除くための、草刈機の音だ。
 じゃっ、じゃっ。
 雑草を刈るが如く、次々にひとを狩っているのか。

 「ぎゃー」
 「いやだー」
 「たすけてー」

 同僚たちの声を聴きながら、わたしはぶるぶると倉庫に隠れていて、静かになったところを狙って出て来たのである。

 血の海だ。
 大嫌いだった気の強い先輩も、恐怖と悲しみの表情でこと切れている。
 床には血のダイイングメッセージで「大根、み」と残されていた。

 みかん。みそ。ミミガー。
 今となっては、続きは分からない。
 (今日の夕食に必要な食材だったのかもしれない)
 わたしは身震いした。

 警察か、誰か助けが来てくれるまで倉庫に潜んでいるべきなのだろうけれど、わたしはそうしなかった。
 そうできなかった、と言うべきか。
 切羽詰まった事情が、わたしをこの安全な隠れ家から追い出したのである。

 ごろごろと転がる死体と目を合わせないようにしながら、ゆっくりと通り抜ける。
 心臓がばくばく踊る。
 わたしだけが生き残っている。そして、殺人鬼はもういない――のか。

 否だった。
 ぶいいん。
 草刈機の音が、ふいに聞こえた。
 腰を抜かしかけながら振り向くと、にたーと笑った変なのが、草刈機をぶるぶるさせながら背後に立っている。

 血染めの白い寝間着。
 額には鉢巻きをしめて、蝋燭をつけている。
 しかし仮面は洋風。
 手に持っているのは草刈機。

 いろいろと、ミックスしている。

 「ころーす」
 と、彼は言い、
 「のおー」
 と、わたしは叫んで、脱兎のごとく走り出したのだった。


 この大殺戮の理由は何か。
 殺人鬼の声に聞き覚えはないし、何よりその巨体――そんなでかい人は、知らない。
 取引先の営業さんにもそんなのは、いない。
 
 「ぜひとも殺す」
 と、彼は言う。
 わたしは泣きながら走った。
 
 ついに外に飛び出す。白昼の通りだ。
 流石に人通りがあり、みんなぎょっとして振り向く。
 しかし男は、こんなに人がいるのに、わたししか見ていない。血染めの姿で草刈機をぶんぶん言わせながら、殺す殺すと追って来るのだった。

 (いい加減にして)
 しなければならないことがある。
 だから、命の危険を顧みずに倉庫から出てきたんだ。

 殺すころーす。うはははは。

 もう疲れた。
 喉はからからで呼吸も苦しい。もう走りたくない。

 ぶいいん。
 
 いっそ殺されてやれば楽になれる。そう思うが、その一方でどうにもならない欲求が込み上げていた。
 (しなければ……だめだ、まだだめだ)


 自転車の学生が。
 犬の散歩をするおばさんが。
 ぎゃあと叫んで道を空ける。
 
 眼球を血走らせて、凄い顔でわたしは走る。
 タイトスカートからパンツよ覗けと言わんばかりの勢いで。

 その後ろを、ぶんぶんぶいぶい言いながら、殺す殺す野郎が走ってくる。
 息切れすらしていない。だめだ、殺される。だけど、しなければならない。と、いうか。

 (させてくれ、頼むから)


 わたしはついに、めぼしいコンビニを見つけて飛び込んだ。
 泣きながら駆け込んできたわたしを、店員さんは庇い入れてくれる。
 奥でバイトさんが電話をしているのが聞こえて来た――警察ですか、ぽんぽこマート××支店です。殺人鬼に負われた女性を保護しました――助かった、と思った。

 そこにわたしを追ってきた殺人野郎が自動ドアをわざわざ蹴破って突入してきた。
 ぱりいん。ぶいいいん。
 もうダメだ、逃げようがない。目を閉じたら、ぱんぱんぱあんと、きな臭い音がした。

 目を開くと殺人鬼はうつ伏せに倒れており、警察がばらばらと走ってきて、捉えて連れて行った。
 

 「もう大丈夫ですよ。怖かったでしょう。なにか飲みますか」
 優しそうなおじさん店長と、気立てのよさそうなバイトのお姉さんがやってきて、肩を支えてくれた。
 既にその時点で涙腺が崩壊し、同時にもっと別のところもあやうく崩壊しかけていたわたしは、差し出される温かな飲み物や、体を温めるためのジャケットを押し返して、なりふり構わずこう言った。


 「すいません、トイレ貸してください」


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