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吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
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想い出とともに君が降ってくる

17/12/06 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:108

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想い出とともに雪が降ってくる
亡くなった妻の影がふんわりと静かに

夕暮れから降り始めた雪は
路面を薄く覆い街路樹に帽子を被せている
道に面した喫茶店のドアの隙間から
凍てつく風に運ばれて雪が入ってくる
冷たいはずなのに暖かく
雪に乗って想い出が降りてくる

雪が道行く仕事帰りの人の傘に積もる
帰る先には誰が待っている
行く先には何が待っている
空になった弁当箱に詰め込んだのは何
溶けてなくなる雪のように
想い出も溶けてなくなってしまうのだろうか

喫茶店の窓は濡れる
客もまばらな店に流れるモダンジャズ
雪降るなかを迎えにきてくれた君に
手渡した空の弁当箱は幸せの花のよう
道行く人の群に君に似た人を見つけたならば
たとえそれが幻だってかまわない
僕は両手をあげて雪の中へ飛び出していこう

雪が降ると子供のようにはしゃいだね
カラフルな外の明かりが窓に反射して
君の頬を七色に染めていた
「雪ってもの悲しい」
そう言いながら弁当をつめる顔が愛しくて
ポケットの中に手を入れてそっぽを向いた

毎朝渡してくれた弁当には
かならず甘い卵焼きが入っていた
僕の好物だからと無邪気に言う君に
「たまには違うものが食べたい」
なんて言いたくても言えなかった
今はもうその卵焼きも食べられない

会社を辞めたことを黙っていたとき
弁当を作る君の後ろ姿が僕を苦しめた
「弁当なんていらない」
言ってしまったことを何度後悔しただろう
黙って作った弁当をゴミ箱に捨てる君に
詫びることも出来ず家を飛び出した

職のない僕は弁当を持って街を彷徨い
公園のベンチでうな垂れながら食べていた
君の愛情の深さが僕を悩ませた
すり寄ってくる野良猫に弁当を分けながら
ひとりになりたい思ったこともある
君は一度もそんな僕を責めなかったね

ようやく就職をした最初の日の弁当は
いつもより少しだけ豪華だった
辞めたことも再び就職したことも
君はなにも知らないはずなのに
新しくなった弁当箱にはいつもより多めの
卵焼き、そしてレシピを書いたメモ

あの日唐突に渡されたレシピを見ながら
自分のためにつくる弁当は誰の味
卵焼きはレシピ通りなのに違う味
君の味を再現したくて出来なくて
想い出しては悲しくて
思い返しては寂しくて

「お弁当作れなくてごめんなさい」
病院のベッドの上で謝る君の白い顔が
窓の外に広がる吹雪に溶け込んでいた
気づいてあげられなかった申し訳なさ
一年後の同じ日に降る雪が僕の胸をたたく
もっと寄り添っていてあげられたらと

半分以上残した弁当が鞄の中で泣いている
生きるために食べることの辛さ
近づけない想い出が舞って消えていく
卵焼きを焼きながら
美味しそうにつまみ食いする君の笑顔
もう見ることの出来ない優しい笑み

「強く生きるのよ」
僕の弱さを心配していた君は
力のない手を差し伸べながらそう言った
「ちゃんと食べるのよ」
落ち込んでいた僕を励ますように
死の間際の君はあえぎながら指を握った

「お弁当美味しかった?」
そう聞く君に
「美味しかったよ」
やっと答えた僕に安心したように君は逝った
雪が地上から空へと舞い上がり
夕暮れの光に雪が燃えているようだった

喫茶店の前を子犬が嬉しそうに駆けていく
カッパを着た婦人が鎖を引っ張っている
雪は降り続きやみそうにない
明日は晴れるだろうか
明日はもっと君の味に近づけるだろうか

想い出とともに雪が降ってくる
亡くなった妻の影がふんわりと静かに




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