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yuzameさん

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味のしない惣菜弁当と、彼女

17/12/05 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 yuzame 閲覧数:379

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 何だこの食感は。とても文化人の食事とは思えない。いくら咀嚼しても飲み込めない繊維質な野菜。口の中でぼそぼそになる煮物は水分を余計に要する。味なんてしない。ゴムとか粘土とか、そう言ったものを食べている錯覚に陥りそうになる。
 いや、しかしこれは紛れもなく弁当なのだ。一見してごく普通のありふれた惣菜弁当。当然、これを口にしたとて、こんな酷い感想を述べる者もそういないだろう。時折にじむしょっぱい涙だけが、この非現実的な食事から目を覚まさせ、現実へと引き戻す。

 しんと静まった広い和室は、絶えずすすり泣きの音を反響し、それがまたわたしに現実を突き付けるのだった。

「お母さん」
 妹なのだろう、近所の市立中学の制服を着ている。わたし自身もあの窮屈な制服に奔放な身を包んでいた時期があった。
「お弁当、もう食べきらん……」
「頑張ってそれだけ食べたね、えらいよハル」
 お母さんと呼ばれた人物が、頼りなく細い身体から震える声を絞った。以前会った時は若々しく活発な印象だったが、今は打って変わって歳をとり、やつれたようにも思える。その身体を黒のワンピースが覆っているが、覗く腕やデコルテがあまりに細く薄いので、正直目が当てられなかった。

「あなたは?」
 自分に掛けられた声とは思わず、喉から出たのは数秒遅れて情け無いほど掠れた音だった。
「あ、いえ、まだ食べれます」
「そう、無理はしないでね」
「ありがとうございます」

 弁当の残りも1/4を切りそうだ。いける、わたしなら完食できる――謎の自信と使命感に駆られ、わたしは高野豆腐をえいやと口に詰め込んだ。恐らくは見ていられるような食事風景ではないだろうが、体裁よりももっと大切にしたいものがあった。

 あの制服をひらひら翻して笑った中学生の頃。母親の作る弁当には、高頻度でタコさんウィンナーが入っていた。それを羨んで、彼女は小食のわたしの弁当を笑顔でつつきに来たものだった。わたしの弁当箱は色とりどりの具材が詰まっていて、気遅れしたらしい彼女はそっと自身の弁当箱を手で隠す素振りを見せたことも度々あった。

 高校を卒業して二人暮らしをはじめると、夜職についた彼女はわたしに毎朝弁当を作ってくれた。疲れているだろうに、一日も欠かさず台所に立っていた。お母さんに似たのか、あまり料理上手とは言えなかったが、愛情を込めて詰めてくれているのがありありと伝わって、口にすると頬がほころんだ。自慢のお弁当だった。藍色の弁当箱から溢れんばかりの愛情。タコさんウィンナーの作り方も、ネットで調べたのか、いつの間にか定番メニューと化していた。そして何より、味わって完食することをわたしは重んじた。「今日もおいしかったよ、ごちそうさま」たったそれだけの言葉が、彼女を笑顔にさせるのだった。わたしたちは、想い合っていた。

 また大粒の涙がくちびるのはじからしょっぱい味をさせた。そうだ、ここは葬儀会場の控えの間。

 最後に、苦手なさやえんどうを口に入れる。もはやわたしは食事というよりも、例えば年末の大掃除のような、普通ではない荒々しさをもってこの弁当を食べ終えた。味がしないおかげで、さやえんどうを飲み込むことができたのは、幸運だったかもしれない。惣菜弁当の箱が藍色で、それがいつものあの弁当箱を思わせて、胸がぐしゃぐしゃに潰れる思いだった。

 空になった弁当箱をおいて立ち上がり、白い布で覆われた棺桶に歩み寄る。和室の一番はじに居たわたしは、だんだん早足になり、最後はほとんど駆け足だった。

――この場から逃げ出してしまいたい。いや、逆にここにいるひと全員が逃げ出してしまえばいい。

 わたしたちは二人で幸せになるはずだった。いや、確かに一昨日までは幸せだったのだ。ここから彼女を連れ出して、どこか遠くへ逃げ出してしまいたい。大人なんて知らない。常識も、世間体も知らない。わたしはただ、彼女の笑顔を一番近くで見ていたかった。

 力なくその場に座り込んだ。棺桶に縋りつく。もうどこにも行かないし、彼女をどこかにやることだって許さない。
「ねえナツ、今日も、お弁当、食べたよ。ナツ、わたし、ナツのお弁当がいい、ナツ……」
 もう大粒なんてもんじゃない、わたしの涙腺は壊れた蛇口のように、延々と枯れることなくとめどなく、頬を、顎を、わたしを濡らしていた。ぐしゃぐしゃのぼろぼろだ。

 畳を軋ませる足音が近づいてくる。彼女の祖母だった。そっと肩に手が触れ、上品な白いハンカチが差し出された。
「涙を落としてはいけないよ。ナツノちゃんが極楽浄土に行けなくなるからね」
 老婆のため息は深くその皺に沈んだ。耐えがたいほどに胸が痛んで、嗚咽の合間に、溢れる涙をハンカチで拭いつづけるしか、わたしには出来なかった。


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