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吉岡 幸一さん

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から揚げの入っていない「から揚げ弁当」

17/12/05 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:410

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 また、から揚げが入っていない。
 週に一度、夜中になるとから揚げ弁当が無性に食べたくなる。アパートを出て五分ほど歩けば馴染の弁当屋がある。線路沿いの小さな弁当屋、二十四時間営業なので夜型人間の僕には助かるのだが、ここの店主はよく弁当の中身を入れ忘れるのが難点だった。
「トンカツ弁当なのにトンカツが入ってなかったよ」
 弁当を買いに行ったとき、こんな苦情を言っている客に出会ったことがある。僕だけでなく他の客にも同じことをしていたのだ。
 僕の場合はから揚げ弁当しか注文したことがなかったので、から揚げ弁当なのにから揚げが入っていなかった、と空の弁当箱を持ってはよく店に戻っていた。
 通常から揚げは四個しか入っていなかったが、こういうときはお詫びにから揚げを六個入れてくれたので文句を言うこともなかったが、度重なるとさすがにから揚げの増量だけでは黙ることもできずつい文句の一つも言いたくなってしまうものだ。
「あ、すみません。から揚げ八個入れておきましたから」
 はじめて強めに文句を言ったとき、店主はこう言ってから揚げを増やした弁当を渡しながら頭をさげた。
 恥ずかしいやら、申し訳ないやら。別にから揚げの数を増やして欲しいから文句を言ったわけではない。本当は文句なんて一言も言いたくはないのだ。
 その後も予想していた通り、店主はから揚げを入れ忘れ続けた。もちろんきちんとから揚げが入っていることの方が多かったのだが、定期的にから揚げを入れ忘れることが止むことはなかった。
 たまらず次に文句を言ったときは、から揚げは十個、その次は十二個、そのまた次は十四個と文句を言うたびにから揚げの数は二個ずつ増えていき、ついに二十個になってしまった。から揚げを入れる白い使い捨て弁当箱四箱分にもなった。
 このままではいけない。さすがの僕も店の経営が気になってきた。きっとこんなサービス、いや、お詫びをしている人は他にも沢山いるはずだから赤字に違いないと思った。
 店が倒産しないのは近所に店がないからか、経営のことに呑気なのかはわからなかったが、この弁当屋がなくなるようなことは避けたかった。から揚げの味は最高に美味かったからだ。この弁当屋以上のから揚げに出会ったことはない。僕の胃袋を守るためにも、もう少しきちんとした仕事をしてもらいたかったのだ。
 店主はおそらく四十歳を少しばかり過ぎた頃だろう。昼に働き、夜に働いて疲れているのだろうが、僕だって昼は大学に夜は家庭教師のバイトをしている。だからといってバイトをいい加減にしてはいない。
 あるとき、いつものようにから揚げ弁当を買って店主から受け取った。すぐにから揚げが入っていないことに僕は気が付いた。この頃には受け取った瞬間、微妙な重さの違いで入っているかいないのか判断がつくようになっていた。
「から揚げが入っていませんよ」
 弁当を受け取ってすぐに突き返すと、店主は驚いたような顔をして包み紙を開けて弁当箱の蓋を取った。
「ほんとだ。すみません。すぐにから揚げを入れますので」
 店主は大慌てでから揚げを二十二個入れた弁当を僕に渡そうとした。
「から揚げは四個でいいんです。もっと気を付けて仕事をされたほうが良いですよ。こんなことをしていたら儲からないでしょう」
 強めに言ってしまったためか、店主は目を点にして黙ってしまった。しばらく何も言わず僕の顔を見つめていた。
「ああ、申し訳ありません」と、急に思い出したかのようにから揚げを二個足して渡してきた。
「だから、そうではなく、から揚げを増やさなくても……」
「恐れ入ります。気をつけます」
 店主はさらに二個足し、二十六個のから揚げ弁当を僕の前に差し出した。
 どう言えば伝わるんだろう。腕を組んで迷っていると、から揚げはさらに二個増え、何か言おうとするとさらにから揚げは二個増え、咳をすると二個増え、黙っていると二個増え、ついに最後には四十個になってしまった。
 これ以上ここに居ようものなら際限なくから揚げは増えていきそうだった。僕はから揚げが四十個入ったから揚げ弁当を両手で抱えると、急いで弁当屋の前を離れた。
 踏切を渡る前に振り返ると、嬉しそうな笑顔で店主が僕を見ていた。目が合うと丁寧にお辞儀をして「ありがとうございました」と、大きな声をあげた。夜の深い闇の中で光りに溢れた弁当屋の店主はどこか幸せそうだった。
 正さや誤りの向こう側で、理性を笑うような恥ずかしさが僕を揺さぶった。僕は弁当屋の明かりに目を細めると、笑顔の店主に軽く頭を下げて踏切を渡って行った。
 またから揚げの入っていないから揚げ弁当を受け取ったとしても、もう文句を言うのは止そうと思った。それは呆れ果てたわけでもなく、諦めでもなく、信じられないくらいに心地よい受入れの気持ちからであった。


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