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伊川 佑介さん

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弁当、ジャガイモ、中学生

17/12/05 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 伊川 佑介 閲覧数:143

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「あ、また見てる」とジャガイモが後ろの席から茶化してきた。見ていたのは佐伯京子さんの姿である。母の情報によると佐伯さんのお母さんは病弱で入院しているらしく、それゆえ家事は娘である佐伯さんが担当している。すると現在、彼女が食しているピーマンの肉詰め、あれもきっと佐伯さんの手作りなのだろう。
「ほんと、ムッツリスケベだよね」とジャガイモがまた後ろから茶化した。全くこいつは本質を分かっていない。僕は今ピーマンの肉詰めをそっと口に運ぶ彼女を見ながら、痛みを共有していたのである。薄幸の美女、という言葉があるがまさに佐伯さんはそういう人で、独特の憂いの中に繊細な美しさがある。僕に力になれる事はないかと、痛みに寄り添いながら思案していたのである。
「京子ちゃんってさー、確かに美人だけど、よく見ると目がちっちゃくない?」
またジャガイモが後ろから何か言った。他人の容姿を悪く言うほど驕ってはいないけれども、ジャガイモよ、それを君が言えた義理なのか?僕も君の事をジャガイモみたいな顔だからジャガイモと呼んではいるが、それは幼少からの慣例であって、だいたい中学に入る頃にさすがにジャガイモは悪いかな、と反省して「佐藤さん」と言い直したら君は爆笑しただろう。今さらどう呼べと言うのだ。
そのような諸々の思いを抱えながらも、僕は一言も発さずに手元のソボロ弁当を口に運んだ。
「おい、聞いてるのか?」
ジャガイモにペンで頭を叩かれて振り返る。気づかなかったがこいつもピーマンの肉詰めを食していた。
「それ、自分で作ったの?」
「ううん。ママ」
「やっぱりね」
「何それ」
別に中学生の弁当を母親が作るのは割と普通の事である。うちの学校は買ってきた弁当は禁止だから、クラスの大半がそうだろう。僕のソボロ弁当も母が作ってくれたものだ。ただ一つ、君に教えておきたいのは、「不幸は時に人を美しくする」という事だ。君の顔には影がないだろう。太陽のような笑顔なんて言葉もあるし、それもありだ。でもそこにはやはり少し「深み」が足りないのである。影の中でこそ光は際立つのだ。いや、佐伯さんは別に自分を不幸だとは思っていないかも知れないよ。親が入院するなんて、割とあることだしね。言わば彼女の美しさの本質は困難な状況の中で懸命に生きる姿にこそあるのだ。彼女は向日葵畑の向日葵なのではなくて、枯れた砂漠の中に咲いた一輪の白百合なのである。
「おーい、ジャガイモー。一緒に食おうぜー」
急に八木が弁当と椅子を持ってジャガイモの席に来た。最近ジャガイモに付いて回るストーカーみたいなサル顔の男だ。近年、ジャガイモの胸が割と大きくなってきた事もあり、かような好色の輩がヤブ蚊のように周りをうろつき始めた。ジャガイモは性格が明るい上に男子とも平気で話せるので、かようなマス掻き猿が近づきやすいのである。だいたいジャガイモというネーミングは僕が4歳くらいの頃に考えたのであって、昨日今日知ったお前が気安く呼ぶなと。ジャガイモも拒否すればいいのに、満更でもないような顔しやがって。お前は猿が好きなのか。お前は動物性愛者なのか?
それからはもう気が気でなく、ソボロ弁当が全く喉を通らない。ジャガイモと猿の会話が気になって、つい聞き耳を立ててしまう。どうにかしてこの猿を追い払う方法はないか。しかし今さら会話に割って入るのも何か変な気がする。考えた末に僕は「無類のピーマンの肉詰め好き」を演じることにした。一つちょうだいと言って、自然な形で会話に入り込む。そして昔の話をして、会話から猿を排除していくのだ。
よし!と僕は腹を括り、箸を手に持つと、自分のできる限りで「ピーマンの肉詰めを食べたそうな顔」を作った。あくまで自然な形でさりげなく後ろに振り返る。瞬間、なぜかこっちを見ていたジャガイモとばっちり目が合った。
「あっはははっ」
なぜかジャガイモが笑い出した。
「なにその顔っ。あっはははっ」
どうやら「ピーマンの肉詰めを食べたそうな顔」が割と面白いらしい。弁当箱を見るともう肉詰めは一つも残っていなかった。いつの間にか猿も自分の席へ撤退したようだ。僕は振り返った理由を無くして硬直した。いや、そもそも僕が振り返るのに理由など要らないのだ。僕はジャガイモの友達で、幼馴染だ。最近は変に男女を意識して、仲良くするのが恥ずかしいような気がしていた。本当は何も気にせず、昔と同じように接すればいいのだ。これからもよろしくね、という挨拶の代わりに、僕はまた「ピーマンの肉詰めを食べたそうな顔」をした。
「あっははははっ」
ジャガイモの顔には影なんて必要ないのだ。ふと視線を感じて振り向くと、佐伯さんがこっちを見て笑っている。窓の向こうには青空が広がって、清々しい気候だった。今日はいい日だな、としみじみ感じながら、僕は残りの弁当を、にやけ顏で口に運んだ。


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