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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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火車(かしゃ)

17/12/04 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:375

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 眼を閉じても、見開いても、広がるのは虚ろな闇ばかり。右も左も、天も地も定かでない奇妙な空間に、いつから佇んでいたのか敦司にも分からなかった。
 前後の記憶はひどく曖昧だったが、手の中に温かな光源を見つけて少し驚く。使い込まれた折り畳み式の携帯電話は、懐かしい思い出の品だ。
 か細く光る携帯電話の光を頼りに、敦司はおぼつかない足取りで歩き始める。
 行けども行けども闇。
 伸ばした手は宙を掴む。
 まるで人が良いだけが取り柄の、敦司の人生みたいだ。
 否応なく不安が増した頃、前方に明るい光が見えた。
 出口か?
 敦司は期待して駆け寄ったが、それは外界から漏れる陽光ではなかった。
 

 めらめらと闇を焦がし赤く燃えさかる大きな火柱。
 落胆した敦司が近づき見ると、大きな車輪のついた火焔の車体は、火の粉を孕んで勢いよく炎をまき散らしている。
 その中に人影が見え、敦司は声にならない悲鳴を上げた。
 人が……燃えている!
 7、8人はいるだろうか。
 もはや人の形をした炭が、阿鼻叫喚の表情を焼き付けたまま、車の上でひとくくりに鎖で縛られている。まだ命があるように呻き、悶え苦しむのは、意識があるからだろうか。みしり、みしりとヒビが入る身体をくねらせ、無数の黒い手が敦司へと伸びてくる。
 火の車、とは。
 何かの本で読んだ事がある。火車と書いてカシャ、これは悪事を重ねた罪人を地獄へ送るための乗り物だと。
 焼け死ぬ事もならぬ残酷な責め苦に、敦司は目を背ける。
 これは夢だ、夢だ、夢に違いない。死んだ親父たちとは天国で会おうと誓ったんだ。地獄へ行くような罪など何もしちゃいない……!


「果たしてそうかしら?」
 闇の中から声が響き、女が姿を現す。
「お前は……リエコ!」、忘れるはずはない、彼女との恋は敦司にとって今も苦い記憶だった。敦司に貢がせるだけ貢がせ、新しい男を見つけるとあっさり乗り換えた彼女は一笑すると、驚くべき腕力で彼の身体を突き飛ばした。
「女の歓心を金で買えると思う、その目の曇りは誰のせい?」
 ふっ飛ばされ倒れ伏した敦司の首に、何かが食い込む。
 縄だ。
 その縄の先はスーツ姿の痩せた男が握っている。
「今岡!」
「貧しくなったな、懐も心も」
「友だと信じていたのに……」
 高校時代の友人だった銀行員の今岡から融資を断られ、敦司の興した会社が倒産に追い込まれた無念が蘇る。
「思い返せ。最初から景気のいい会社じゃなかっただろう?お前は自分で夢を食い潰したんだ」
 かつての親友は憐れむような顔で、敦司を見下ろす。
「さあ、お前も『火車』に乗れよ」
 今岡が縄を引っ張ると、きりきりと敦司の首が絞まる。痛イ。苦シイ。コレハ……夢……?
「地獄でデートも粋じゃない?」
 不快な笑みを浮かべたリエコの唇が、端で二つに裂けて広がった。
 顔が縦長に伸び、せり上がった体躯が人外の姿を形成してゆく。今岡も同様の変貌を遂げると、ついには人の皮がめくれて異形の姿が現れる。
 苦しくて声が出ず、敦司はただ怯え震えるしかなかった。
 牛頭と馬頭を、人身に乗せた地獄の鬼たちは、有無を言わせず敦司の身体を引きずりながら業火に包まれた火車に近づいてゆく。

『寂しいねぇ。家族もない、友人もない、恋人もない。この世に命を繋ぎとめる理由なんてどこにもないんだ』

 思い出した。それは敦司自身の心の声だった。他人から改めて言い放たれると胸抉られる言葉だ。

『現実から目を背けて楽になると思うかい?』

『お前は独りかい?』

 ずっと握りしめ放さなかった携帯電話から着信音が響いた。
 ひとりでに開いた電話からは、何故か「にゃあ」と鳴き声がして……。

   ◇

 敦司は目覚めた。
 先程蹴った踏み台が転がる芝の上に倒れ込むと、思いっきり咳き込み、夜の公園の空気を必死で肺に送り込む。首に巻かれた縄を外して大木を見上げると、切れた端が枝に残っていて、世を儚んだ自殺は失敗に終わったのだと敦司は悟った。
 呆然とする彼のそばでは、先程餌をやった野良猫が、しきりに甘えた声を出している。
「お前か……」、火車の悪夢から助けてくれた者の正体に、敦司は急に力が抜けた。人を恨んで自分を見失うだなんて、何て滑稽な理由で自殺しようとしたんだろう?大事に持っていた古い携帯電話を取り出し、亡くなった父母とのメールのやり取りを見ていると、今まで堪えた涙が目から落ちた。

『財産は猫一匹と親の思い出。上等な再出発じゃないか?』

 燃える車輪が、一対の炎の轍を残し敦司から遠ざかってゆく……命を粗末にした罪は免ぜられたらしい。

『お節介は嫌われるねぇ』

 縄を焼き切ってくれた礼に答える声はなく、美しくも恐ろしい獄炎の車は罪人の運命を飲み込んだまま、夜と交わるようにふっと消えた。


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このストーリーに関するコメント

17/12/04 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像は「写真AC」からお借りしたものを加工しました。
・作品中の火車は仏教由来の言葉で、苦しい経済状況を指す「火の車」の語源にもなっています。また、葬儀や墓場から亡骸を奪う「火車」という妖怪もいます。

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