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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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サインカーブ・ユニバース

17/12/03 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:129

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「あなた、幽霊の正体知ってますか」質問というより断定だった。どうせ知らないだろう、といった感じの。「ここだけの話、教えてあげてもいいんですけどね」
 よほど俺が暇に見えたらしい(まあ事実そうなのだが)。街でのんびり歩くのはご法度だと今日わかった。次からは忙しいふりをして、もっと足早に、かつ威嚇的にいこう。とにかくいまはこの変人を振り切ることに集中しなければ。
「すまんが忙しいんでね」
「そうは見えませんが」
 ほっとけ。声をかけてきたのは妙に色白の若い女だった(白状すればちょっとだけ嬉しかった)。目の下に真っ黒なくまをこしらえ、髪はぼさぼさ、化粧っ気は当然皆無。この寒いのにやたらに薄着で、しかも何年も着古したようなボロクズときた。
 明らかに危ないやつなのだが、腐っても相手は若い女である。無下に振り切れない自分が情けない。女日照りの続いたこの数年のあいだに俺のセンサーはずいぶん感度が増したようで、こんなのでも逃すなとやかましくがなり立てている。迷いが生じ、それが相手につけ入る隙を与えてしまった。
「ね、知りたいでしょ幽霊の正体」
 観念して立ち止まる。「教えてもらわなくても知ってるよ。幽霊は見えるやつの頭のなかにいる。そうだろ」
「惜しい。あなた意外に博識なんですね」
 笑顔は悪くない。ちゃんとした身なりならそれなりの女かもしれない。いやしかし、仮に外見が及第しても内面が問題だぞ。街ゆく人間に幽霊がどうとか話しかけるようなやつを彼女にできるか?
「そう、俺は博識のナイスガイさ」やっぱりなしだ、ずらかろう。「またどこかで会えるといいね、お嬢さん」
「マルチユニバースなんですよ、実は」
 かまうな。そのままいっちまえ。「ミスユニバースだ?」
「多元宇宙って聞いたことないですか」
「いくつも似たような世界があるらしいね、なんとか力学によれば」
 現代人はこんなの慣れっこらしい。誰一人振り返りもしない、これほどの変人がいるってのに。
「そうなんです。いまこの瞬間にも無数の宇宙が生まれてる。もしそうなら、この宇宙に限りなく近いけど触れられない、蜃気楼みたいな世界があってもおかしくないと思いません?」
 実はこれでも理系大卒なので、彼女の言わんとしていることはなんとなくわかる。量子力学の観測問題だろう、十中八九。ある事象A――なんでもいいのだが、たとえば月が出ているかどうかを確かめる方法を考えてみてほしい。手っ取り早いのは自分の目で煌々と輝くお月さんを観測することろう。
 そこで観測問題が出てくる。俺が見ていないときにも月は本当にあるんだろうか? あるに決まってるのだが、量子力学を誤解した一部の哲学者どもがそうじゃないと騒いでる。それは観測するまでわからないというのだ。もしかしたら俺が見ていないときに夜空は真っ暗なのかもしれないと。
 大げさにいえば、月の出ている宇宙と出ていない宇宙。ふたつがあると考えられる。釘を刺しておくが、俺はこんなのはばかばかしいと思ってる。宇宙はひとつだけだ、文句あるか。
「思わんな、お嬢さんにゃ悪いけど」
「ふつうの人は可視光線しか見えないけど、蜂は紫外線領域も知覚できますね」
 まるっきりキャッチボールになってない。俺は会話を諦めた。「それで」
「ごくまれに蜃気楼宇宙を知覚できる人間がいるんです。でも誤解しないでほしいんですけど、それは能力なんかじゃない。脳が必要のない情報をシャットアウトし損ねてるのね。それは欠陥なんです」
「じゃなにか。幽霊はあんたの言う蜃気楼宇宙の住人で、俺たちの宇宙にオーバーレイすることがたまにある。そのときに欠陥品どもはそれを見ちまう」
「よくできました」
 女が消えた。まったく唐突にいなくなった。薄汚いビルの隙間に目にも止まらぬフットワークで飛び込んだにちがいない。慌てて女の立っていた場所を確認する。
 そんな隙間はなかった。
「宇宙はサインカーブを描いてます」
 声だけが聞こえる。気が変になりそうだ。
「それは波なので、打ち消し合うこともあるし」
 ありありと山と谷に上下し、脈打っている気色の悪い宇宙のイメージが浮かんだ。吐きそうだ。
「ぴったり重なって増幅し合うこともあります。いまみたいにね」
 それっきり声はしなくなった。その場で嘔吐した。何度も何度も。胃が空になってもなお、四つん這いになってえずき続ける。まるで胃のなかにべつの宇宙があるかのように。

     *     *     *

 へんにびくびくするようになった。
 あいつはこう言ってた。宇宙はサインカーブなのだと。
 もしそうなら、いつかまたあの女のいる宇宙と俺の宇宙が増幅し合うときがくるのではないか。
 そら、そこの路地にも、あのビルの屋上にも。そしてアパートの風呂場にも。
 幽霊どもはいたるところにいる。


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