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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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きっかけ

17/12/01 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:307

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「ねえ、昨日のことなんだけど、あそこまで否定すること、ないんじゃない?」
 大学の食堂で柿崎がひとりカレーを食べていると、同じゼミのスガワミホが突然話しかけてきた。

 昨日――ゼミの新歓。美人で明るく人気者のミホが「嫌いなものはホラー映画とお化け屋敷です」と朗らかに自己紹介したのだ。
 柿崎はほぼ面識のないミホに言ってやった。
「ホラーが嫌いだなんて、欺瞞だ」と。
「残酷なものや不快なものに嫌悪を抱く、その絶対的正当性を披露したいだけだ。怖いもの見たさっていう言葉があるだろう。人間は根本的に得体の知れないものに好奇心を抱くようできている。それを否定するなんて、偽善といってもいい」
 他人に異見されたことがないのだろう。ミホがぽかんとして柿崎を見返していた。ザマーミロだ。柿崎はミホのような雌リア充が大嫌いなのだ。

 そのミホが、一夜明けて柿崎にくちゃくちゃと言い返す。
「ホラーが駄目っていうのは、SFは苦手ですとかコメディは好きじゃないっていうのと同じでしょ。私的には自分がどういう人間か伝えただけなんだよね」
 柿崎はあからさまに動揺した。柿崎の苦手なもの、対話と反論と、女子。
「……君はなんで僕にそれをわざわざ言うわけ?」
「あ、昨日も自己紹介したけど須川ですので。私、誤解は解きたいタイプなの」
 柿崎は返す言葉が見つからず、「誤解と言えば」と強引に話の矛先を修正して話し出した。
「ホラーは君みたいなタイプに誤解されがちなんだよね。恐怖は生存本能をかきたてるものだ。生と死は表裏一体。死ほど未知で魅惑的なものって世の中にない。恐怖の渇望は、加害或いは被害に対する欲求。すなわち――」
「ごめん。何言ってるかわかんない」
 ミホが片手で制すると、柿崎の顔からぷしゅうと勢いが抜けていく。
「柿崎君、自分が言いたいことだけで会話をしないと気がすまないタイプ? ネットに多い系?」
 眉を八の字にして覗き込まれ、柿崎は思わずのけぞる。
「キ、君は一体、何なんだ。目的は何だ」
「だから言ったでしょ。誤解を解くためにきたの」
「誤解ね、ハイハイ、解けました。サヨーナラ」
「柿崎君、コミュ力低い」
 ミホは嘆息し、「じゃ、またね」と去りかける。
「また?」
「私、交友範囲広いから。その方が視野が広がって面白いし。ゼミ同じだし、今後もよろしく」
「悪いけど、僕はホラー嫌いな人種とはつき合えない」
「またそこ? 狭い! 狭いよー。世の中そっちの人種の方が多いじゃん。もしかして、単にホラー愛が強いだけ? 死だの何だの理屈こねてさー。結局自分の好きなものを否定されたくないだけじゃん」
 痛いところを突かれた。ネットなら華麗に迎撃できるが、生身の女子を前に柿崎の頭は回転が鈍い。
「キ、君こそ、他人の価値観を非難する前に、まず自分がホラー映画も観てみれば。……グロいだけじゃなく中身がある作品も結構あるし」
 わあ、1本とられた! とミホが机を叩く。そして「じゃ、そーゆーの教えて」と挑戦的に柿崎を見返した。
 
 翌日、柿崎は選びに選び抜いたDVD3本を持参する。ミホのような女とは関わりたくないが、教えてと言われれば受けてたたねばなるまい。
 講義が終わり、ミホが友人と別れたところを見計らって突進する。ずいと袋を突き出し、「返すの、いつでもいいから」と無理やり押しつけた。
「ちょっと、一緒に観てくれると思ってたんだけど」
 ぽんと返ってきたミホの言葉はまるで見知らぬ言語のようで、柿崎の顔に困惑が広がる。
「怖いし、嫌いなんだってば。なんでひとりで観なきゃなんないの」
 背中に嫌な汗が流れた。予想外の展開。これまで観たどの恐怖映画より恐ろしい。
「あ、でも間違ってもこれが恋に発展するとかないから安心して。私、異性の友達、100%アリなタイプだから」
「な、こ、コイとかないし。友達とか、僕は、別に」
「柿崎君、もしかして、性別関係なく友達いないタイプ?」
「スガワさん、だっけ? もしかして悪気なくひと言多いタイプ?」
 あー、それ、よく言われる、とミホはあっけらかんと笑った。
「私、人間が好きなんだよねー。誰かとお喋りして、お互いを知っていく過程がすごく好き。だから思ったことなんでも言っちゃう」
 ただのKYじゃないか、と思うが、ミホみたいな人間が言うと何故か印象が違って聞こえるから腹立たしい。
「ついでに言うと、人が好きだから、人が傷つくホラーが嫌い……、ってコジツケすぎ?」
「サムいです。鳥肌立ちました。さらにホラーに対する偏見です。失礼です。謝ってください」
 ミホはけたけたと笑った。
 もういっそのこと、とことん人間嫌いになるホラーを観せてやろうかと、柿崎はねちねちと考え始める。

 大学3年目にして初めて友達ができたことを、この時の彼はまだ知らない。


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