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世忍仮姿(よしの かすが)さん

性別 男性
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影盗り

17/11/30 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 世忍仮姿(よしの かすが) 閲覧数:380

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 その妙な女を見かけたのは陽が傾きだした夕暮れ時だった。
 俺が駅前の道路に面した喫煙所で時間をつぶしていた時、ふと目の前のスクランブル交差点を行ったり来たりする女を見つけたのだ。
 交差点を延々とウロウロとするだけでも十分に変なやつだが、その女は明らかに様子がおかしかった。
 長い髪で顔がほとんど隠れていたし、身体中にひどい擦り傷を負っている。おまけに靴も履かずに裸足でゆっくりと人ごみのなかを歩いているのだ。その様は、浮いているなんて言葉じゃ生易しいほどに異質であった。
「なんだよ、あいつ……」
 交差点を歩く人々はまるで女に気づいた素振りもなくすれ違い、追い越していく。誰一人として振り返ったり、視線を向けようともしない。
 女は人波のなかをふらりと漂うようにバス停へ続く道を進み、ショッピングモールにつながる道路を歩き、また駅前に続く横断歩道に戻ったりしていた。
 女を観察していた俺は、ふとあることに気が付いた。

 ――影が、ない。

 少しずつ沈んでいく太陽が、町のいたるところに長い影を作り出している。
 それなのに、どこにもないのだ。
 道路をゆったりと流れるように歩きオレンジ色に照らし出された女の姿には、影が見当たらなかった。
 ――やばいやつかもしれない。
 視線を地面に逸らして、スマホを握りしめて深呼吸をした。
 とにかくここから離れたほうがいい。影がない人間など存在するはずがなく、おそらくは俺の見間違いに過ぎないだろう。それでも……。
 友人に連絡をして、待ち合わせの場所を変えよう。
 そう心に決めてスマホをポケットにしまい、移動しようとしたとき――。

 下を向けた視界に、入り込んできたのだ。
 白い、裸足のつま先が――。

 息をのんだ。無意識のうちに全身がぶるりと震えた。
 ゆっくりと、顔をあげる。
 あの女が目の前にいた。
 長い黒髪の奥の、白目の部分が大きい瞳が俺をじいっと見つめている。
 小さな黒目は俺に焦点を合わせたまま微動だにしない。墨汁を落とし込んだように深い黒が、濁った白目の中心に穴があいたように据えられていた。
「私が見えるのね」
 声が、耳の奥に響く。低く濁った、濡れた地面が身悶えたような音が耳にまとわりついた。
 逃げなくてはいけない。けれど俺の足は凍り付いたみたいに動かない。
「私が見えるなら……。次はあなたの番」
 すうっと、白く細い手のひらが俺の腕をつかんだ。
 その冷たさに思わず身を引こうとした瞬間、女は信じられないほどの強い力で俺を道路に引っ張り込んだ。
「うわっ!」
 慌てて足を踏ん張ってこらえたが、女はそのまま通りを走るバスの前に飛び込んだ。交差点に、クラクションの音が暴れまわり、そして――。

 ――ドシン、と嫌な音が響く。

 今まで女のことなんか見ていなかった連中が、停車したバスの前に人だかりを作った。
 つかまれた右腕をさすりながら、人垣の間に隠れるようにして恐々とバスのそばまで近づいていく。
 そこには――血まみれの俺が倒れていた。
「なんだよ、これ……」
 バスの向こう側に、あの女がいた。
 にぃっと赤い果実が裂けたような笑みを浮かべ、影のない女は夕焼けのなかに溶け込むように消えていった。
「消えた? 嘘だろ……」
 立ち尽くす。
 日差しが眩しいほどであった。
 目を守るように腕をあげた時、俺は気づいてしまった。
 自分の身体から、影が消えてしまっていることに――。
「次は、あなたの番」
 女の言葉が脳裏によみがえる。

 あの日から、ずっとこの交差点を彷徨っている。
 いつか、俺を見つけてくれる奴が現れると信じて―― 


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このストーリーに関するコメント

18/01/06 光石七

拝読しました。
端的で読みやすい文章にどんどん恐怖心が煽られ、物語の世界に引き込まれていきました。
シンプルなホラーの醍醐味を味わわせていただき、ありがとうございます!

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