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向本果乃子さん

性別 女性
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饒舌な沈黙の行方

17/11/30 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:1件 向本果乃子 閲覧数:254

時空モノガタリからの選評

弁当の食材たちと会話するというアイデアが素晴らしいと思います。「誰とも話さなくていいから」という主人公自ら選んだ仕事とはいえ、他人と心を分かち合いたいという気持ちは、人間である以上消えるものではないのでしょう。顔の見えない人間たちの哀しみと暖かさが入り混じった言葉が行き交う様子は、まさに現代的な孤独を象徴しているのかもしれませんね。食材たちとの会話は傍から見れば彼の幻想に過ぎないかもれないけれど、弁当を作っている人々の「行き場のない言葉たち」が、食材に乗り食べる人の心に届いていることは嘘ではない気がします。不器用ながら人々とのつながりを再び模索する主人公ですが、「子供みたい」な女性と会話できるいいですね。

時空モノガタリK

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 真冬の深夜の弁当工場はその清潔さが寒々しい。俺は焼売をひたすら詰める。それは段々と焼売に見えなくなりついには話しかけてくる。「しけた顔してんな」「向き逆だよ」一瞬の出会いだが、同じ顔の焼売が去り際に一言ずつ話しかけてくるから会話が続いてるように錯覚する。それは俺の脳内で作り上げてる会話だ、わかってる、大丈夫だ。黙っていると視界が歪んで頭がぼーっとしてくるから担当食材と話すようになった。誰とも話さなくていいからこの仕事を選んだっていうのに。休憩時間も話す人はほとんどいない。目を瞑ってイヤホンから音楽を聴いてる人、スマホをいじる人、競馬新聞を読む人、ラジオ体操する人。もう何ヶ月も一緒の空間で働いているのに誰のこともよく知らない。
 仕事を終え、まだ暗い早朝の道を自転車で走る。吐く息が白い。途中、コンビニで誰かが詰めた弁当を買う。玄関をそっと開けると、台所で母のたてる音、洗面所で父の水を使う気配がする。俺は素早く自分の部屋に入る。大学を出て就職した会社を一年もしないで辞めた後、実家に戻りしばらく何もしないでいた。このままでは駄目だと仕事を探したけれど、サービス業や営業はもちろん、社内の人間とコミュニケーションをとることすら怖くてできないと思った。それでみつけたのが弁当工場だ。俺を心配していた母も、弁当工場で働くと言ったら気落ちしていた。大学まで行かせて弁当工場では失望するのも仕方ない。信用金庫に勤める父は怖い顔で俺を見るだけだ。二つ上の兄は東京で働いている。肩身の狭い俺はできるだけ自室で過ごす。部屋で弁当を食べ、親が仕事やパートに行っている間にシャワーを浴びる。一眠りしたら部屋にある漫画を読むか、既にクリア済みのゲームをする。父親が帰宅する前に家を出て、会社や学校から帰る人たちの流れに逆らうように駅へ向かう。食券で注文できる店で夕飯を食べる。駅前のベンチに座って寒さに震えながら缶コーヒーを飲む。通り過ぎる人たちを眺めているとわからなくなる。この人たちと俺と何が違うんだろう。時間が来ると停めておいた自転車で工場へ向かう。

 ある朝、自室で食べようとした弁当が女の声で喋りだした。「卵焼き係です。聞いて下さい。親友と夫に裏切られたんです。幸せだったのに。リア充ひけらかしてたせいだって私を責める人までいる。もう誰も信じられない」泣き出すかと思った弁当は怒り出した。「私の何が悪い。あいつらが悪いに決まっ」卵焼きを囓ると声は消えた。
 次の日は、年配の男の声だった。「その鮭俺が焼いたの。うまいもんでしょ。母ちゃんに見せてやりたいよ。あ、奥さんのことね。子供生まれてから母ちゃんて呼ぶようになってさ。でも、もうその子供が親になってるよ。孫に会ったことないけどね。俺のせいで家族バラバラになっちゃって。でも死ぬ前に孫に会ってみたいよね、母ちゃんにも…」鮭を口に入れると声は消えた。
 弁当たちは饒舌だった。多分どっかの工場で黙々と働いて、休憩室でも話したりしない人たちの声だろう。行き場のない言葉が弁当に詰められて運ばれてくる。だけど、深刻なそれらの話をどこかで聞いたことがあると思うのは何故だろう。そんな経験した人に実際会ったことなんてないのに、自分に起きたら大変なことだと思うのに、それでも聞き飽きたつまらない話に感じてしまう。多分みんなわかってる。自分にとっての不幸や辛い現実も、他の誰かには既視感のあるつまらない話か人ごとゆえの喜劇でしかないと。だから誰にも話さない。話せない。本当は聞いてほしいのに、行き場のない言葉たちが心の中で淀んで澱となって積もってゆき、息が詰まりそうになって溢れてる。俺の作った弁当もどっかで饒舌に語っているのかもしれない、つまらない身の上話を。
「あの、話してもいいですか?」
 その弁当は細い女の声で遠慮深くそう聞いた。今までの弁当は一方的に話すだけだったのに。
「え、あ、どうぞ」
 久しぶりに喋ったために嗄れた声で俺は言う。
「つまらない話なんです」
「構わないですよ」
 消えてしまいそうな小さな声を聞いていたら、最近工場に入った小柄な女を思い出した。休憩室でマスクを取ったら化粧気のない顔が子供みたいだったけど実際はずっと年上だろう。オドオドした様子で誰とも目を合わせないでじっと固まったように椅子に座っていた。
「あ、でもやっぱりいいです。ごめんなさい」
 弁当はそれきり喋らなかった。俺は黙って弁当を見つめた。弁当が喋るわけはないのだ。食べる気になれず棄てようとして気持ちが変わって俺はその弁当を食べた。全てを噛み砕いて飲み込んだ俺は、今度、子供みたいなあの人に話しかけてみようと決めた。行き場のない彼女の言葉があるのなら最後まで聞いてみたい。そして俺のつまらない話もいつか聞いてもらえたら、そんな幸せなことはないような気がした。


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このストーリーに関するコメント

18/01/15 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
人と話さずに済む仕事を選びながらも担当食材に話しかける主人公の矛盾を孕んだ孤独、わかる気がします。
買った弁当の食材たちが語り出す、その担当者の誰にも言えない、でも誰かに聞いてほしい思い。皆様々なものを抱えて生きているのだと、改めて感じました。
主人公が彼女に話しかけることで、彼女も主人公自身も良い方向に変わり前に進めたらいいですね。
受賞にふさわしい、素晴らしい作品でした!

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