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田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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カツラの木の下

17/11/29 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:300

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 冬季は閉鎖される山小屋だが、エミは小屋の主人に頼み「雪かき」と称して入山した。銀世界をひとりで満喫したかったのだ。開山期にはスタッフとして働くエミは、小屋の勝手を知っていた。最寄りのバス停からスノーシューを使って歩くこと3時間、小屋は雪に埋れていた。ラッセルしながら入り口にたどり着きドアを開けると、中はしんと静まり返っていた。土間がスペースの半分を占め、客用ダイニングとしてテーブルと椅子が並んでいる。土間の一角は台所に繋がり、さらに奥にはスタッフの居住空間がある。もう半分は一段高くなった畳スペースであり、客やスタッフがくつろげるようにコタツが置いてある。そこから客室につながっているが、エミは土間と畳スペースで過ごすことにしていた。
 荷物を置き、配電盤のスイッチを入れ、ガスのボンベを開き、雪かき道具を掘り起こした。目の前の川に降りる石段の雪をどけると、水が汲める足場ができたので、ポリタンクに水を入れて運んだ。
 午後は気温が下がる。昼間でも氷点下なのだから、夜は二桁だ。大型のストーブに灯油を入れ、スイッチを入れた。外から板を貼り付けられ、わずかなあかりとりしかない室内は暗く、電灯をつける。決して快適とは言えないものの、十分だった。

 次の日は予報通り朝から雪がちらつき、午後からは激しく降った。夜になると風も出てきて吹雪となった。エミは小屋に閉じこもり料理を楽しんだ。持ってきた野菜と肉に加え、食品庫で越冬中の缶詰類を使った。温かく満足のいく食事ができることは幸せだ。携帯電話の電波は届かずともWi-Fiがあるので、いざという時には連絡できる。そして何より、建物が自分を守ってくれるという安心感があった。
 
 三日目の早朝、エミが目覚めたとき外はまだ吹雪いていた。寒さに震えながらストーブをつけ、また布団に潜り込んだ。昨夜用意した湯タンポのほんのりとした暖かさに誘われ再び眠りに落ちたエミだが、ふと冷たい風が頬を撫ぜて目が覚めた。ゆっくり起き出して入り口に向かい、ドアを細く開けてみた。雪はやみつつあり、風はなかった。
 そしてふりかえって暗い室内を見たとき、心臓が飛び上がった。人影を見たのだ。ドアに寄りかかりながら目を凝らし暗い室内に目が慣れてくると、人影は女性であることがわかった。
「どうしたんですか!」とエミは叫んだ。
「なぜここにいるのですか」震える声で尋ねた。
 女性はエミと同じ30代に見えた。濃い緑の帽子、緑色のゴアテックスのアウターは身につけていたが、登山用のスラックスの上にオーバーズボンもスパッツも履いていなかった。
「こんにちは」か細く透き通るような声だった。
 エミの心臓はバクバクしていたが、平静さを取り戻そうと努力した。
「いつ来たんですか。どこから来たんですか」
 エミは吹雪で避難して来たのかもしれないと考えた。とにかく落ち着こうと、自分に言い聞かせるように口に出し、昨晩沸かしたポットのお湯を沸かし直し、お茶を作った。
 彼女の名前は平沼裕子、透明な声にふさわしい品の良い美人。彼女は彼氏と二人でこの山域のピークに登る予定で入山したものの、彼氏とはぐれてしまった。
「えええ?じゃあ、彼氏は遭難しているかもしれないってこと?」とエミが聞くと裕子は「よくわからないんです」と答えた。
 平静さを取り戻したエミは、捜索願いを出す時に必要な情報を聞いた。ところが裕子の記憶は曖昧で、入山日も覚えていないと言う。
「私たち紅葉を見に来たんです」
「紅葉?そんなもの麓でもとっくに終わっているわよ」と言いながら、エミの背筋が凍った。(この人、頭がおかしい)
「カツラの木が群生していて、黄色くなった葉っぱがたくさん落ちていたわ。とてもいい香りがしたの」
「確か○×沢にはカツラがたくさん生えているけど。でも今は深い雪に埋れていて、夏道は出ていない」
「そうなのね」裕子は悲しそうな顔をした。
エミは頭をフル回転させていたが、いずれにせよ自分ひとりの手に負えないことは確かだった。
「とりあえず、友達に聞いてみる。山岳パトロール隊にいるの」
 そしてエミはスマホで友人に事情を話している時、ふいに背後に気配を感じた。振り返ると、そこには緑の服を着た骸骨が立ち上がっていた。
「きゃーーーー!」と叫んだエミの背中を骸骨が押し、エミは椅子から転がり落ちて意識を失った。

「おい!大丈夫か!」山岳パトロール隊員の友人の声が聞こえた。体が揺さぶられ、エミの意識が戻った。
 あれからエミが見た夢は、○×沢で彼氏が背中を押して転落した裕子、カツラの木の下で横たわっている裕子の姿だ。友人はその話をバカにしなかった。
「春、雪が溶けたら行ってみよう。見つけてくれるのを待っているのかもしれない」と友人は言った。

 そして春、裕子は発見された。


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