吉岡 幸一さん

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剥ぐ

17/11/29 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:298

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 ノックの音が続いている。午前二時を過ぎた頃から玄関のドアがコツコツと叩かれている。周りを気遣うような小さな音だが、僕がドアを開けるまで諦めそうにない。
 こんな夜中に一人暮らしのボロアパートに訪ねてくるのは借金取りくらいしか思い浮かばない。友達はいないし、両親はとっくに他界している。仕事もしていない借金まみれの引きこもりニートの部屋を訪ねてくる奴なんてろくでもないに決まっている。
「なんですか、こんな夜中に。お金ならありませんよ」
 瞼をこすりながらそっとドアを開けて顔を出すと、そこにはきちんとスーツを着た六十代くらいの男が立っていた。白髪交じりの頭に真っ赤な唇をUの字に曲げて、お辞儀しながら顔だけは前を向いていた。
「あの、忘れ物を取りに参りまして」
「お金ではなく、忘れ物ですか。もしかして前にこの部屋に住んでいた方ですか」
「ええ」と男は頷いた。「とても大切なものなんです。ここに置いていったのですけど、どうしても取り戻したくなってしまいまして」
「ご覧の通りこの部屋は空っぽですよ。まあ、寒さしのぎの布団くらいはありますけど」
 僕はドアを大きく開けると男に部屋の中を見せた。借金取りに追われるくらいだから部屋の中はなにもないといってよかった。居留守を使わないのも金目になるような物はすべて持って行かれていたからだ。
「寒いから中に入ってください。風邪ひいてしまいますよ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして」
 男は遠慮がちに部屋に入ってくると敷いていた布団のうえに正座した。両手を膝の上に置いて、背筋をのばした姿は茶室の主のようだった。念のため足を見るとちゃんとついている。どうやら幽霊ではなさそうだ。
「それで何を取りにきたんですか。僕が引っ越して来たとき何も残っていなかったんですけど。もしかしたら大家さんが何か預かっているのかもしれませんよ」
「大丈夫です。ここにありますから」
 男は丁寧に頭をさげて立ち上がると、黄色い壁をさすり始めた。そして壁紙の端を爪先に引っ掛けると勢いよくはがした。はがされた壁紙の奥は三十センチ程度奥行きのある木の棚になっていて、八つの正方形に区切られていた。八つのスペースのそれぞれには人間の顔の皮が置かれてあった。子供の顔の皮から老人の顔の皮まで、十代、二十代、三十代と順に八十代までの男の顔の皮が並べられている。六十代の顔の皮のスペースだけが何も置かれていなかった。
「つまりそういうことでして」
 男はガムテープを剥がすようにベリッと両手で顔の皮を剥がすと、空いていたスペースに置いて、代わりに二十代の顔の皮を持ち上げて顔に貼り付けた。顔は自然に吸い付くように馴染んでいった。
「社会的に敬意をはらわれるという点では六十代の顔は気に入っていたのですが、ただ女性にはまったくモテませんでして、やはり若い方が……。お恥ずかしい限りです」
 貼りかえられた二十代の男の口が開いた。声には艶があり、体も心なしか引き締まってみえる。いかにもモテそうだった。剥がされた六十代の男の顔の皮は棚なかで静かに目を閉じていた。
「その時の気分や状況によって顔の皮を貼りかえていたんですね。若者には若者の楽しみ、老人には老人なりのメリットがありますからね」
「おや、驚かれていないようですね。悲鳴をあげたりされたら面倒なことになると心配していたんです」
 男は胸の内ポケットからナイフを取り出して微笑むと、安堵したように二十代の男の顔の皮があった場所に置いた。
「借金取り以外なら歓迎です。それにしても顔の皮をこれだけ集めるのはかなりのお金がかかったのではないですか」
「ええ、だからこのようなボロアパートに暮らしてお金の節約をしていたわけでして。いや、失礼。幸いに宝くじに当たったものですから、家を買って引っ越したんです。顔の皮も新しく揃えなおすつもりで、ここに置いて出たのですが、やはり何と言いますか、愛着があるようで・・・・・・」
「僕が騒いだり、顔の皮を返すのを拒否したりしたらこのナイフで殺すつもりだったというわけですか」
 ははっ、と男は笑って「恐れ入ります。非合法な持ち物ですので警察にでも言われたら……」と頭を掻いた。
「顔を変えるともう誰だかわからなくなりますよね。きっと借金取りにだって気づかれないでしょうね」
 僕は棚に置かれたナイフを手に取ると迷わず男の胸を刺した。男は声をあげることもなくその場に倒れて動かなくなった。血も流れない。
 すぐに男の顔の皮をベリッと剥がすと、続けて自分の顔の皮も剥がした。男の顔には自分の顔の皮を貼って、剥がした男の顔の皮を自分の顔に貼った。
「やれやれ、これで借金取りに追われない生活ができそうだ」
 新しい顔になった僕は布団をかぶって横になると気持ち良く眠りについた。


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このストーリーに関するコメント

18/01/06 光石七

拝読しました。
タイトルから「何を剥ぐのだろう?」と興味を惹かれました。
男が取りに来たものは異常なのに会話は落ち着いて進行していき、違和感に胸がざらつくところに急展開のラスト。語り口が最後まで淡々としているため、かえって余韻が残るお話になっていると思います。
面白かったです!

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