八坂 宗太さん

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17/11/29 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 八坂 宗太 閲覧数:363

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 コトコトコト。ふしゅうう。
 鍋が貧乏ゆすりをして、鼻息を荒く煙を吹き出す。
「おや、頃合いか」
 私は、筑前煮がいっぱいに入った鍋の、その蓋をひっぺがした。竹串で里芋を刺してやると、泥に刺すように抵抗なく突き刺さった。
 コンロの火を止めると、私は廊下に出て、二階でまだ寝ている娘に大きく声をかけた。
「起きろー、幼稚園閉まっちゃうぞ」
 しばらくすると、娘が起きてきた。脳の半分で夢を見ているようなので、顔を洗わせてから着替えるように指示をした。
 その間、私は出来上がった筑前煮を、具材が偏らないよう丁寧に弁当箱に詰めてやった。ほんのり温かい方が美味いというのは個人的見解であるが、筑前煮の鶏肉が痛んではいけないので、保冷剤を、弁当包みの中にはさんでやった。

 娘を連れ、車に乗り込んだ。まだ楓の葉が散りきらぬ時期なのに、急ぎ過ぎた霜先が体を冷やした。
 今日は土曜日だ。娘の通う幼稚園では、第二、第四の土曜日のみ、自由登園しても良いきまりがあった。そのかわり、土曜は給食が出ないので弁当持参。昼食時間以降はまた、自由に帰宅して良い。
 妻が死んでから、もう一年が経つ。
 彼女が生前、顔色一つ変えずに行っていた家事、育児の忙しさが、身に染みて理解できるようになったのが八か月前。当時は深い悲しみにどう折り合いをつけてよいものか、ただそれのみに時間を割いていた。しかし、娘を今後、私一人で一人前に育て上げなければいけない。厳しく、残酷な使命が、私の背中を押した。
 娘は爆裂したダムの如く泣いた。齢6つで母が消える。私はそんな経験をしたことが無いので、その悲しみの大きさはとても計り知れるものではなかった。
「お弁当、今日のは自信作だから。残すんじゃないぞ」
「んー」
 娘の返事は煮え切らなかった。おかずは煮え切ってるのに!
 私が妻の代わりに弁当を作るようになってから、娘は一度も完食したことがない。ひどい時は、一口だけかじってすべて残して帰ってきた日もあった。
 娘曰く「おいしくない」だそうで、そりゃあ妻が作ってくれた弁当には及ばないまでも、それなりに自信はある。回数を重ね腕も上げたが、娘は残すのをやめなかった。
「着いたよ。気を付けて、行っておいで」
「うん」
 今日のお弁当に入っている筑前煮は、娘は家にいるときは残さず食べる献立だ。しっかり食べてくれるだろうことを期待して、娘を送り出した。
 
 夜、洗いものをしようと、弁当箱を改めてみると、半分しか食べていなかった。
「どうして残すんだ? 家にいるときは食べるじゃないか」
「だって、おいしくないんだもん」
 いくら叱っても、娘は、ぷい、とそっぽを向くばかりで話にならなかった。
 娘がいじけて寝てしまったので、私は一人でおかずを食べていた。
 静けさが胸をうち、むなしさを感じた。
 と、同時に、気が付いた。
 この、一人で食事をする虚しさと、冷淡さ。これが原因なのではないだろうか?
 私は、雷に打たれたような気分になった。

「さあ皆、ご飯の時間ですよ。おべんとうは、持ってきたかな」
 保母さんの合図で、いただきます、を唱和して、園児たちはお弁当を食べ始めた。
 中には、早めに迎えに来た母親と、お弁当を一緒に食べる子も少なくなかった。
 妻は生前、退園時間よりも早く娘を迎えに行っていたが、おそらく、お弁当を一緒に食べていたのだろう。
 妻が死んでから、娘は一人でお弁当を食べる事になったのだ。今まで隣で、笑顔で見守ってくれていた母が消えた。それが、より一層、母が死んだ事実を娘の胸に刻み込んだ。深く、えぐるように。
 娘はきっと、お弁当を食べるたびに思い出し、喉の奥からこみ上げる嗚咽を抑えるのに必死だったのだ。
 味なんか、わかるはずもない。
 私は、大馬鹿者だ。今更、大切な人とご飯を食べる時間の大切さに気が付いた。

 私は今、隣でお弁当をつつく娘を見守ってやっている。
 まだまだ上手とは、お世辞にも言えぬ箸さばきは、自宅の食卓で見るのとはまた違った印象を受ける。
 それが、たまらなく愛しかった。
「どうだ、父さんのお弁当、美味いだろ」
 娘は、笑って、口をかまぼこのような半月にして、こう答えた。
「おかあさんのよりは、おいしくない」
 文句を言いながら笑って、それでも今日、娘はお弁当をぺろりとたいらげた。
 
 家に帰ると、私は娘のお弁当箱を開いた。
 完食され、空になった弁当箱は、空洞だった私の心にひとかけらの満足感を与えてくれた。
 私にできることは、娘のために、妻の分まで、二人分の愛情をそそいでやること。
 一緒に食べて、笑って過ごしてやること。
「……次は負けないぞ」
 愛情は二人分。あとは、妻の味を超えるだけだ。
 
 次は、妻が得意だった、卵焼きにチャレンジしてみようか。


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