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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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蔵の中

17/11/27 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 野々小花 閲覧数:379

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 物心ついた頃から、美織は母と二人で暮らしていた。
 その母が交通事故で亡くなったのは美織が小学校四年生のときだ。
 母方の祖父母の元へ引き取られることになり、母の故郷である朽川村に初めて足を踏み入れた。
 山陰地方にある周囲をぐるりと山で囲まれたその村は、まるで外の世界から切り離されたようだった。
 外灯ひとつなく、夜になれば村は漆黒の闇に包まれる。美織の知っている明るい都会の夜とはまるで違っていた。
 代々の大地主だったらしく、祖父母が暮らす古い屋敷は、とても大きく立派なものだった。祖父は厳格なひとで滅多に笑うことがなく、祖母も口数が少なく近寄り難かった。
 家にはチヨさんという住み込みのお手伝いさんがいて、母親を亡くした美織の心細さを一番理解してくれたのは、このチヨさんだった。
 小柄で白髪交じりのチヨさんは、いつも穏やかに笑っていた。宿題を見てくれたり、一緒におやつを食べたり、たくさんおしゃべりもした。美織のことを、いつも気にかけてくれていた。
 だけど、そんな優しいチヨさんも時々、怖い顔をすることがあった。
「庭にある蔵には、絶対に近づいてはいけないよ」
 暗く低い声で、念を押された。

 チヨさんは皆の食事を作り、後片付けも終えた後、改めて膳をひとつ用意する。
 白米と汁物、それから質素なおかずを一品こしらえると、その膳を抱えて外へ出て行くのだ。
「どこへ持って行くの?」
 不思議に思って、美織は尋ねたことがある。
「近くのお地蔵さまに、お供えをするのよ」
 チヨさんの声はどこか悲しげだった。
 そのお地蔵さまがどこにあるのか気になって、あるとき、美織はチヨさんの後を追いかけた。
 屋敷の裏にある、木々が生い茂る庭のほうへとチヨさんは進んでいく。その先にあるのは、蔵だ。
 一旦、膳を脇に置いて、ガチャリと錠前を外す。それから、ギィギィという扉の開く音がして、チヨさんは蔵の中へと消えて行った。
 近づいてはいけない、と言われたことを思い出して、美織は蔵から少し離れた木陰に身を潜めた。
 しばらくすると蔵の戸が開き、中からチヨさんが現れた。抱えている膳の器は全て空になっている。
 お供えをした後にチヨさんが食べたのだろうと、その時は思った。けれど、なんとなく気になって、次の日の夕食後に、美織はまたこっそりとチヨさんの後を追った。
 蔵の中へ入るチヨさんを確認して、蔵のそばへ寄る。息を殺しながら、美織はゆっくりと壁に耳を近づけた。
 何も聞こえない。
 陽が暮れた村は闇に包まれている。とても静かだ。かすかに、虫の声がする。
 ガラッ!!
 突然、真上にある小窓が開いた。
 美織は咄嗟に両手で口を押えた。危うく声を上げるところだった。
「風が入ってきたよ」
 チヨさんの声だ。
 それに混じって、何か音がする。
「ス、ズ……」
 何の音だろう。
「ズ、ズズ……」
 息を吐くような、吸うような……。
「ジュル……」
「美味しい?」
 一瞬、虫の声が止んだ気がした。
 息ができない。
 気づくと美織は駆け出していた。蔵のそばから庭を抜けて家の中へ。自分の部屋に戻り扉を閉めて、やっと深い息ができた。
 チヨさんの他に、別の誰かがいた。 
 蔵の中から聞こえたあれは、汁を啜る音だ。
 何かが、誰かが、あの蔵の中にいるのだ。
 その正体が何なのか、チヨさんはもちろん祖父母にさえ、美織は聞くことができなかった。
『絶対に近づいてはいけないよ』
 暗く低い声だった。とても怖い顔だった。だから、このことは決して聞いてはいけない、触れてはいけないことなのだと、美織は幼いながらにも思った。

 それから数年が経った頃に、村の外れにある小さなお堂で、ある葬儀が行われた。
 参列したのは、美織と祖父母、チヨさん、それから村人が数人。おかしなことに、棺はあるのに遺影がなかった。そして、そのことに誰も言及しない。
 これは一体、誰の葬儀なのか。
 なんとなく、見当がついた。
 美織のその予感は、当たっていた。チヨさんが膳を用意して蔵へ運ぶことは、もう二度となかったのだ。
 村の墓地の外れには「紗世」という名が刻まれた小さな墓石が建った。
 不幸は続き、翌年に祖父と祖母が相次いで亡くなった。それから五年後に、チヨさんも亡くなった。
「私が死んだら、あのお墓の隣に」
 それがチヨさんの遺言だった。その言葉の通り「千世」と刻まれた墓石が、今は隣に並んでいる。
 二つ並んだ小さな墓に花を供え、美織は手を合わせた。
 ここに二人は眠っている。
 だけど、本当に二人がいるのは、あの蔵の中のような気がするのだ。
 そう思う気持ちが、美織の中から消えない。
 だから、老朽化して今にも崩れ落ちそうになっているあの蔵を、美織は、いつまでも取り壊せずにいるのだ。



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このストーリーに関するコメント

18/01/04 光石七

拝読しました。
蔵の中の音が聞こえてくる場面では得体の知れない存在がいるのかとぞっとしましたが、最後まで読むと存在を隠されたまま蔵の中で一生を終えなくてはならなかった事情が漠然とながら推察され、哀しさで胸が締めつけられました。
素晴らしい作品でした!

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