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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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ハデスに湧いた天然温泉

17/11/26 コンテスト(テーマ):第118回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:345

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「われわれが温泉を求めてなぜいけない?」〈ハデスで温まろうの会〉会長は聴衆に力強く問いかけた。「地球人と冥王星人、両者の人権に差があるとでも言うのか?」
 ノー! 集まった人びとは右手を(左利きはそちらを)掲げ、声も枯れよとばかりに叫び返した。
「よろしい。ではなぜわれわれはいまだ、温泉にありつけてないのだ?」
 聴衆は途端に静まり返ってしまった。太陽から四十天文単位ほども離れているからだ、というのはたぶん落第生の答えだろう。そんなことはこの星に住む者なら胎児ですら知っている。ではなぜだ? ほかに理由があるのか?
「はっきり言ってこの星は寒い。べらぼうに寒い!」会長はぶるりと身震いをした。「温泉なんか湧きようがない。だって火山がないんだもの」
 集結した有志たち全員が、ほぼ同じタイミングでぺちんと額を叩いた。なんてこった、火山がないとは。勢い余ってわけのわからない団体の会員になったはいいが、どうも将来性はなさそうだぞ……。
「だが諸君、絶望するのはまだ早い。ないものは作ればよい。そうじゃないかね」
 このじいさん、頭は大丈夫なのか? みんなはいよいよ心配になってきた。あんまり毎日が寒いもんだから(よい日和でも絶対温度で十度でもいけば御の字なのだ)、脳細胞が半分がた凍りついてしまったのでは?
「火山をこしらえるにはまず、プレートテクトニクスがこの星で起きなきゃならん。内部のマントル対流が大陸を動かす。ホットスポットが火山の噴火として顕現する。つまり熱だ。どえらい熱が星の中心にあればいいことになる。ちがうかね」
 そりゃ理屈ではそうだが、絶対零度に近い冥王星をどうやって暖めるというのか。やっぱりこんな怪しげな団体に関わるんじゃなかった。一人、また一人と与圧ドームから退出していく。
「トンネル効果だ!」惑星を揺るがすほどの大音声だった。「量子力学が温泉の湧出を約束してくれる」

     *     *     *

Q1 トンネル効果ってなに?
A1 会員のみなさんのひいじいさんひいばあさんがこの星にやってきた移動手段そのもののことです。ミクロな現象、たとえば電子一個を例にしましょう。こいつが山越えをしようとがんばっている光景を想像してください。この電子は体力がなく、いっぽう山はべらぼうに険しい。山越えは百パーセント不可能だとお思いください。
 ところがごくまれに、こいつはずるをやらかすのです。まるでトンネルを掘ってすり抜けたみたいに、対岸の斜面を口笛を吹きながら下っている。これは量子力学が確率でしか記述できないことに起因します。ある瞬間の電子の位置はどこどこに何パーセント、といった具合ですね。ですから非常に可能性は低いけれども、越えられないはずの山をどういうわけか越えちゃっている電子がいてもいいわけです。これがトンネル効果と呼ばれる現象ですね。

Q2 温泉がそれとどう関係してくるの?
A2 トンネル航法はご存じですね。Q1でご説明した効果をマクロ現象に拡大したのがそれでです。宇宙船の位置を確率で記述すれば、非常に可能性は低いけれどもある瞬間、地球近傍ではなく冥王星付近に宇宙船がいることもありうる。波動関数をその可能性で収束させれば、一瞬で物体を移動させられる理屈です。
 ご存じの通りこの航法はめちゃくちゃに不安定であり、いままであまたの宇宙船がどことも知れぬ闇へと消えていきました。あなたがたのご先祖は途方もなくラッキーな人びとだったわけですね。一説ではプレアデス星団あたりまで飛ばされた連中もいたそうですから。

Q3 温泉はどうなったの?
A3 ここまでこればあとは簡単! 水素爆弾を大量に購入して、これらを冥王星の核へ瞬間移動させればよいのです。トンネル航法はとにかく誤差が大きく、正確さを求められる輸送には向きませんが、冥王星の核への移動なら多少のずれは許容範囲内のはずです。
 もちろんどでかい花火だけで頑固な冥王星が即座に暖まるとは思えませんが、一定数の原爆も含めることにより、放射性元素がごまんと生成されます。これらの放射性崩壊によって発生する熱がじわじわと、しかし確実にこの惑星を内部から熱してくれるでしょう。

Q4 もしかして、温泉ができるのは相当あとのこと?
A4 何世代、いや何十世代、ことによると何百世代あとになることやら正直なところわかりません。ひとつ言えるのは、初代会員のわれわれが極楽気分に浸れる可能性はゼロだという厳然たる事実です。しかしそれがなんですか! 時間はたっぷりあるのですから、むしろ内部でマントル対流が起き始めるまでに熱を逃がさない工夫を凝らせる余裕があると考えましょう。
 反射ミラーで惑星を覆う。ドライアイスが地下に埋まっていればしめたもの、これらを溶かして二酸化炭素にしましょう。地表を生身で歩けるようにして初めて、子孫がのびのびと温泉に浸かれるというものです。われわれは目先の利益に捉われていてはいけない。未来を見通す力と勇気。それが温泉マニアの心意気なのです!

Q5 心意気は立派だけど、冥王星を勝手に水爆の実験場にしていいの?
A5 すでに七十億ドルで国連から購入済みです。これは冥王星そのものをという意味です。利用価値がないと判断されたのは幸いでした。わたしの資産だけでぎりぎり間に合いました。

     *     *     *

「大将、もう諦めましょうや」ボーリングマシンの運転手は付き合いきれぬといったようすで嘆いている。「湧きっこありませんよ、温泉なんて」
「例の〈花火大会〉をぼくのご先祖がやらかしたあと、この星にも地磁気が生まれたのを知ってるかい」年若い野心的な男は目をらんらんと輝かせている。「惑星ダイナモだよ、金属核が流動してるんだ」
「マントル対流が起きてるってことですかい」呆れてものも言えない。運転手は肩をすくめると、ボーリングを再開した。
 ドリルは何度も折れ、地表は固く凍りつき(気温はドライアイスの昇華によって大幅に改善されており、その数値は――驚くなかれ――絶対温度で百八十度もある)、いっかな作業は進まない。
「でもこのあたりのはずなんだ」一人ごちる。「マグマだまりはきっとある。そいつが地下に眠る水を温めてる。ぼくはそう信じる」
「大将、とんでもなく固い岩盤にぶち当たった。こりゃこれ以上掘るのは無理ですぜ」
「南無三!」若い男は眉間にしわを寄せた。「万事休すか……」
 その瞬間、あたりにダイヤモンドダストが現出した。これは水分が極低温で瞬時に凍ったときに起きるはずだが、いったいなぜ突然?
「み、水だ」野心的な男は即座に理解した。「水が地下から吹き出して、そいつが外気にさらされて瞬時に凍ってるんだ!」
 こうしてはいられない。携帯型与圧ドームを危なげに背負ったまま、ロープを垂らして縦穴へと降りていく。穴の底は一面の白い霧。そこへドームをかぶせてみる。
「あつっ!」常温・常圧のもとで、それはついに本来の姿――すなわち温泉になった。「やった、熱いぞ。温泉だ、こいつは正真正銘の温泉なんだ。信じられん、冥王星で天然温泉に入れるなんて」
 宇宙服を脱ぎ、タオルを頭に乗せる。
「いい湯だな、と」


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