甘露さん

こんにちは。

性別 男性
将来の夢 未定
座右の銘 愛はいるよ。愛は人類の宝だよ。

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言魂

17/11/24 コンテスト(テーマ):第119回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 甘露 閲覧数:94

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地方国公立大学の一角にある研究室。私は一人椅子に座り、暗くなっていく空を何ともなしに眺めながら、ため息を一つ吐いた。はあ。なんだか今日はうまくいかない日だな。
そこへ、同じ学科の同級生の龍之介が、時間的に最終限終わりだろうか、入ってくる。龍之介とは、甘く見積もっても仲がいいとは言えない。ただの学科の同級生という薄っぺらな関係だ。でも、逆に言えば話を聞いてもらうにはちょうどいい相手かもしれない。
「ねえ、龍之介、今暇? ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」
龍之介は、椅子に座る動作をしながら、言葉を返す。
「言葉には言魂が宿るんだ。言い方には気をつけろ」
イタイ。「言魂」とか真顔で言っちゃうのは正直イタ過ぎる。初対面だったら、この場から立ち去って、二度と関わらないようにするだろうというレベルで。実際、初めて龍之介からその言葉を聞いたときは、私もそう思った。変人だ、と。それが、私が龍之介と関係が希薄である原因の一つでもある。
まあ、今は慣れたし、そのことについて考えても話が進まないしね。ここは龍之介に合わせておくか。
「今時間ある?」
龍之介は「ん」とだけ返事をする。お前こそ、態度に気をつけろよ。腹がたつが、とりあえず聞いていることは分かったので、続ける。どうせ、私は誰かにちょっと聞いてもらいたいだけだしね。
「私、お土産を買ってきたの」
私は、机上に置かれている『東京ばな奈』に視線をやる。
「お前が、俺に?」
怪訝そうな表情。そう、私とこいつはそういう仲だ。私が龍之介にお土産だなんて、地球が逆回転を始めでもしなければ買ってこないことは、龍之介本人もわかっている。
「んなわけないでしょ。学科の皆にね。で、お土産を買ってきたんだけどね」
そこまで言って、言葉を切る。そんなに深刻な話じゃなくても、悩みを言うのは少しためらうものだよね。
と、あいつは机の上に置いてあるお土産を、何を考えるでもなく見て、口を開いた。
「なるほどな、皆が全然喜んでくれないと」
なんで分かった。まさか、読心術? これも言魂が見えるからなの? でも、そういうオカルト的なことは私は信じてないし、話を先読みされることなんてたまにはあるよね。そう自分に納得させて話を続ける。
「うん、そう。さっき先輩にあげて、それからその前に雪ちゃんにあげたんだけど、いまいち喜んでくれなくて。それで、何か問題でもあったのかなって、思ってたの」
「お土産自体に問題があるんじゃないのか? 例えば、どこでも買えそうだからとか」
確かにそれは思ったけど、でも。
「それはないかな。雪ちゃんは食い意地だけは張ってるし、食べ物なら何でも喜ぶはず」
そうだ。間違いない。うんうん。私は強くうなづく。
「ひどいな。それを本心で言ってるのがまたひどい」
「ちょ、ちょっとだけ冗談よ?」
「さいで」
くう。なんだか、気持ちを読まれてるみたいで癪に触る。
私はイライラした気持ちを抑えようと、考えをお土産に戻す。
「お土産が不味かったのかな」
「ん」
龍之介が右の掌を上に向けて、こちらに差し出している。
「何よ」
龍之介が何を言わんとしているかは分かったけど、ちょっと気にくわないので素直には応じないでみる。
「一つ欲しい」
なぜか、こういうところは素直なんだよね。
その素直さに免じて、一つ渡してあげる。
「普通に美味いぞこれ」
あいつは、口の中いっぱいにお菓子を押し込んだもんだから、ほっぺたが膨らんでリスみたいになっている。目に生気が感じられないので、可愛くはないけど。
「問題がお菓子事態にないとすると、受け取る側の問題か」
「何よ、受け取る側の問題って」
龍之介の考えについていけていない自分がいた。頭が弱くて悪かったな。ちょっと顔がむすっとしてしまったかもしれない。そんな私のためか、龍之介は、例えばと具体例を挙げる。
「雪ちゃんとやらはお腹が空いていなかったとか。そのお菓子が苦手だったとか」
雪ちゃんとやらって。同じ学科の同級生だよ? どんだけ他人との関わりが薄いのよ。
口にしかけて、やめる。そう、こいつのことだから仕方がない。
「雪ちゃんは食べ物なら何でも食べるんだってば。それに、先輩も同じような反応だったよ」
研究室に一つある掛け時計は、夜の6時5分前を指していた。先輩が来たのは4限終わりの5時過ぎだから、さすがにお腹がいっぱいということはないだろう。お菓子も一口で食べれるほどの大きさだ。
はあ。先輩には喜んで欲しかったのに。何がいけなかったんだろう。
「先輩がそのお菓子を好きじゃなかった可能性は?」
「それは絶対ない」
私は自信満々で、右手を握り拳にして親指を突き立てる。私がこれほど確信に満ちることも珍しい。でも、こればかりは確実だ。
「さいで」
なんだよ。呆れたような顔しやがって。私の言葉から何を読み取った。
「なら、お土産を渡した人との関係に問題があるかだな」
痛い視線を感じる。見ると、龍之介はその生気のない二つの目で私をじーっと見ていた。
「ないわよ」
むかつくやつ。蛇のように睨み返してやった。
問題なんて絶対ない。ないと信じたい。本当にないの? だめだ、心配になってきた。ないない。
「雪ちゃんは仲良しよ。……先輩も」
そう自分に言い聞かせるように言うと、龍之介が私の方を真っ直ぐに見て口を開いた。さっきの私を疑うような目とは違う。どこか、一本筋の通った瞳だ。
「なら、残る選択肢は一つしかない」

どういうわけか、私は芝居を打たされていた。龍之介が研究室のドアをノックし、開ける。
「おう、お疲れ」
あいつがこんな笑顔ができるとは知らなかった。というか、偉そうに片手を挙げて先輩を演じているつもりだろうか。なんかイラっとする。先輩はこんないけすかない男には似ても似つかない。
ふつふつと煮えたぎる気持ちを抑え、芝居に集中する。演技などしたくもないが、これで先輩に喜んで貰えるヒントが得られるならやるしかない。あと、雪ちゃんにも。
「お疲れ様です、先輩」
うぇっ。こいつに向かってこんな愛想を振りまいてる自分を客観的に想像すると、悪寒が走る。相手は先輩だ。今自分が話しかけているのは先輩なんだ。頑張れ、私。
こいつは、先輩。先輩、先輩。目を強く擦る。よし、目が霞んで先輩に見えてきた。輪郭だけになれば、ほぼ先輩だ。
先輩、私、先輩のためにお土産買ってきたよ。
「せんぱーい!お土産買ってきたんでぜひ食べてくださいっ」

「なるほどな。お前の発した言魂を見たら、はっきりわかった」
龍之介は先輩を演じる前の、あの生気のない龍之介に戻っていた。その虚ろな目で、私の顔を覗き込む。
「なによ」
そう言うと、あいつはため息を一つ、小さく吐く。
だから、なんなのよ。
「お前、自分で気づかないのか」
「わからない」
全くわからない。先ほどの芝居の中で何かまずいところがあったかな。うーん……。
その心の声が龍之介に届いたのだろうか、龍之介が説明を始める。
「言葉っていうのは、文字通りそのまま相手に伝わるわけではないよな?」
「……」
「はぁ」
盛大なため息。やっぱり腹立つな。
「じゃあ、例えば、俺がこの部屋に入ってきて、『ああ、暑いなあ』って言ったらどうする?」
無視。黙り込んで、窓の外に視線をやる私。
「おい、どうするって聞いてるんだが」
「何もしない」
というか、何もしたくない。こいつのために体を動かすのが、体力の無駄だ。
「何もしたくないって。わかった。じゃあ、俺じゃなく他の誰かがそう言ったら、お前はどうする」
まあ、普通だったら。
「窓を開けるかな」
龍之介はうんと頷く。自分の考えを確信している感じ。
「そう、窓を開けるよな。なぜだ」
「なんでって、それは」
あれ。それは、なんだろう? なんで私は窓を開けるんだろう。言われてるのは、この部屋が暑いってことだけなのに。不思議だなあ。
「なぜ窓を開けるか。それは、言葉には言魂が宿っているからだ。お前は、俺の言葉から、『暑いから窓を開けて欲しい』というメッセージを読み取ったんじゃないか? そう口にはしていないにもかかわらず」
「あ」
盲点を突かれたようで、驚きの声が出てしまう。
確かにそうだ。龍之介は窓を開けて欲しいとは言葉では表していないし、私もその言葉を聞いたわけではない。でも、私は、窓を開けようと思ったのだ。
「そのメッセージこそが、言魂の正体だ。誰かが発した『暑いなあ』という言葉には、窓を開けたら涼しくなるから、窓を開けて欲しいというその人の気持ちが言魂として宿っている。その言霊がお前に届くと、窓を開けようという思考になるってわけだ」
じゃあ、龍之介には言魂が見えてるから、私の心が読めたってこと? そんな馬鹿馬鹿しい非現実的なものが、実は私の周りに存在するって言うの? いや、待って。
「もし、部屋に窓がなかったら、私は窓を開けようとは思わないじゃない。ふーん暑いんだって思うだけかもしれないでしょ」
「その通り。その場合はお前に窓を開けて欲しいという内容の言魂ではなく、相手が暑がっているという内容の言魂が届いてるってことだ。言魂が伝えることは、状況によって変わる」
ここまで聞いていると、言魂の存在が真実かどうかはともかく、龍之介の説明には納得せざるを得なかった。話のつじつまは合っているように思える。ただ、最も大切なことを確かめていない。
「わかった、言魂のせいだっていうのは百歩譲って認める。でもそれが、この問題となんの関係があるってのよ」
死んだ魚の目がこちらを見ている。そして、わざとらしく大きなため息を一つ吐く。
こいつはため息しか吐けないの。はぁ、と私の口からため息が漏れた。なるほど、あいつもこういう気持ちか。よくわかった。
「お前はな、相手にお土産を食べることを強要してるんだよ」
「私は、ぜひ食べて、としか言ってない」
龍之介が眉をひそめる。うわ、イラっとしてる。語気が荒くなっているのがわかる。
「だから、言葉の意味は文字通り伝わるわけじゃないって言ってるだろ。お前が身を乗り出して、目を爛々と輝かせる挙動、それにお前の性格も相まって、言魂が『お土産を食べろ』っていうメッセージを伝えてるんだよ」
「でも、状況によって言魂は変わるんでしょ? 相手が私の性格を知らなかったら、そうはならないじゃない」
そう私が言葉を発すると、龍之介の目は私の目を捕らえた。いつもの死んだ魚の目ではない。鋭く私の心を射るような目だ。
「俺にはそう伝えてる言魂が見えた。絶対に相手にはそう伝わってる。お前との関係に問題はないんだろ。先輩とも雪ちゃんとやらとも仲良しなんだろ? お前の性格はよく知ってるはずだ。そうじゃないのか?」
黙り込む。そうだと思っている。そうだと信じたい。それ故に、龍之介に言いくるめられるようで癪に触るけど、仲良くないかもしれないとは口にしたくなかった。そんな自信を持てない部分も含めて、腹が立った。自分に対して、腹を立てていた。
龍之介は押し黙る私を見て、やっと収まったかとばかりに、一息つく。そして、東京ばな奈の並ぶ箱へと不意に手を伸ばす。
「しっかし、もったいないよな。『黙って』渡しとけば、こんなに美味しいのに。うん、うまい」
嫌味なやつ。確かに私のやり方が悪かったかもしれないけど、そんな強調して言わなくてもいいじゃん。てか、勝手に食うな。
と、龍之介は席を立つ。
「じゃあ、俺は行く。こんな時間だしな」
時刻は7時近くになっていた。さっきまでオレンジがかっていた窓の外は、既に真っ暗になっていた。
「これは、貰って行くぜ」
そう言った龍之介の手には、個別包装されたお菓子が。
「おい、ちゃっかり持ってくなよ」
そう声をかけたころには、ドアは閉まっていた。
まあ、いいか。話を聞いて貰ったお礼ってことで。

翌日、二限目の講義が終わり、買ってきた昼食を食べようと研究室に行くと、笑顔の先輩がいた。何か嬉しいことでもあったのかな。
「この煎餅美味しいぞ。一個貰いなよ」
先輩の視線の先を辿ると、東京ばな奈の箱があり、その隣にそれと同じくらいの大きさの箱が置いてあって、中には包装された煎餅が並んでいた。その上にメモ用紙が置いてある。それには、薄い字で「実家から送られてきたものです。たくさんあって困っているので是非食べてください。龍之介」と、書かれていた。
あいつ、私への当てつけのつもり? 普段絶対こんなことしないくせに。
そう思いながら、先輩の顔を見た。先輩は、何の屈託もなく喜んでいるように見えた。私がお土産を渡したときとは全然違う。悔しいけど、今回は私のやり方がまずかった、反省だ。
と、先輩が私のことを呼ぶ。
「ごめんね。昨日は、ちょっと用事で急いでたから、お礼言えなくて。菓子美味しかったよ、ありがとう」
言魂、ね。言魂が本当に存在するのかはわからない。でも、もし、万が一、本当に存在するなら……。いや、あってもなくても、私にできることは一緒か。
「先輩が喜んでくれて嬉しいです」
できる限りのとびきりの笑顔で、私は先輩にそう言った。



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