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斉藤しおんさん

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作りすぎたから

17/11/23 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 斉藤しおん 閲覧数:96

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短い人生を振り返る。
母親は夜に仕事へ出て行く。父親は顔も見たことがない。
六畳しかないアパートの部屋はいつも静かでテレビを付けないと人間が喋り始めない。
寂しい、と。
口にすることもできず仙太郎はいつも通りに膝を抱えて孤独をなだめた。

誰にも必要とされない人生を小学三年生にして歩む直は学校にも行かずニュースを見ている。
社会に取り残されているくせに社会を取り巻く情報を毎日見聞きしているなんて、本当に皮肉なことだ。
早熟な考え方をする仙太郎は学校という社会に全く馴染めなかった。
ドロップアウトを決めたのは小学一年生の冬だ。
寒さからひどくお腹が痛い気がして休んだはずがずるずると言い訳をして気付いたら冬が終わっていた。
冬の昼間というのはお日様だけがあたたかで思いのほかに静かだったから居心地が良かったのだ。
母親の寝息とテレビの小さな音だけが鼓膜をくすぐる六畳の部屋は社会を忘れるにはちょうど良かった。
誰も止めなかったから、ずるずるとその場所に仙太郎は住み続けることに決めたのは小学二年生の春。
彼はもう一度も学校へ行っていない。

「あら、こんにちは」
母親に言いつけられてゴミ出しに行った時、一人しかいないアパートの隣人と出くわした。
香織お姉さんという大学を卒業したばかりのお姉さんはいつからか仙太郎に会うたびにお弁当を持たせてくれた。
『作りすぎちゃって、食べるの手伝ってくれない?』
最初はそんなことを確か言われた。
弁当には出汁をたっぷり入れたねぎ入りの卵焼きがいつも入っていてふんわり優しい味がした。
伝えたことはなかったが仙太郎は香織お姉さんの作る卵焼きが一番好きだった。

弁当を部屋で平らげると洗って綺麗にして布で水気をふき取ってから乾かす。
「私はよく家を留守にするから、直接渡してちょうだいね」
なんて香織お姉さんが言うから、仙太郎は律儀に弁当箱を香織お姉さんに返しに行った。
母親が帰ってくる前の少し早い朝に。毎日。

弁当場を返しに行く時、香織お姉さんはいつも代わりのお弁当をくれた。
だからいつも仙太郎はお弁当箱を返しに行って、新しいお弁当をもらってそんな日々を繰り返した。

香織お姉さんにお弁当を作りたいと思って行動したのは小学四年生の冬だ。
鼻がつんとするほど寒い冬の朝、突き出した黒焦げの卵焼きが入ったタッパーを香織さんは受け取ってくれた。
「おいしい」と目の前で卵焼きを食べてくれた。
その時、初めて仙太郎は誰かに寂しいと言う感情を癒してもらえた気がしたのだ。

その日と同じくらいつんと鼻が冷える冬の朝。仙太郎は一人キッチンに立っていた。
ねぎを入れて出汁をたっぷり含ませた卵液をじゅわじゅわと熱した卵焼き器に流しこみ、くるくると手早く巻いていく。
弁当箱にはつやつやのお米に熱を冷ました野菜炒めと味をしみこませたシイタケの煮物。
ざっくりとしていても食べ応えのあるそれは二つ用意されている。
手早く卵焼きを切って、弁当箱に詰めると最後にごましおを振ってふたを閉める。

カンカンとアパートの階段を降りる音が聞こえたので仙太郎は慌てて玄関のドアを開けた。
「香織お姉さん!」
声をかけるとその足音が止まる。
「作りすぎたから食べるの手伝って!」
スーツ姿の香織お姉さんは頷いて、笑いながら仙太郎に駆け寄ってくる。
「いつもありがとう。いつの間にか順番逆になっちゃったね」
突き出した弁当箱を受け取った手が不意に仙太郎の首元に伸びた。
「はい、ネクタイ曲がってたよ。仙太郎くんも高校頑張っていってらっしゃい」
「うん!」
優しいお姉さんの笑顔につられるように、仙太郎も弾けるような笑顔を浮かべて頷いた。


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