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クナリさん

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あだ名が「弁当」の田口カオリ

17/11/23 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:105

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 私が高校に入って、最初に隣の席になった田口カオリには、「弁当」というあだ名がついていた。
 カオリは中学の時に、高校生の彼氏がいるということで、かなり噂になったらしい。
 ただし、より広く深く広まったのは、悪い噂の類だった。カオリは確かにその高校生と交際はしているのだが、高校生の方は他に本命がいて、その彼女とは遠距離恋愛中だというのだ。
 カオリは都合よく現地妻的に利用され、高校生の求める時に呼び出されては連れ回され、いいように相手をさせられ続けているという。彼氏の部屋に上げてもらったことさえないとも聞いた。
 その辺りの扱いから、弁当などというあだ名がついたのだ。手軽に連れ出して行けて、どこへでも持ち運べ、片付けや後始末は食べた本人(特に男)がしないことが多い。
 そんな彼氏のいるこの高校に、カオリは入学した。私たちが一年の時、その彼氏は三年生。
 一年だけでも同じ時間を同じ高校で過ごしたいと思ったのか、彼氏には他に本命がいると知っているのか、彼とはこれからどうしていくつもりなのか。
 特に誰もそんなことをカオリに聞かないまま、季節は秋になっていた。

 ある日の学校からの帰り道、夕暮れの中で、私はカオリの後ろ姿を見つけた。
 通学用のバッグの他に、巾着袋のようなものを持っている。それはどうやら、弁当箱が入っているように見えた。
 私はつい、「ああ、弁当が弁当を持っている」と胸中で下世話につぶやいた。
 カオリは、ある一軒家の中に入っていく。
 私は、塀伝いにそろそろと歩いて、門から中を覗き込んだ。すると、こっちを振り向いて立っていたカオリと目が合った。
「ぎゃあ」
「ぎゃあじゃないわよ。何、後つけてるの」
「いや、たまたま見かけただけで。ここが家なの?」
「いいえ、人の家」
 そう言うとカオリは鍵を取り出して、慣れた様子でドアを開けた。中には人の気配はない。
「人の家で何してるの?」
「趣味と実益」
 カオリは玄関で靴を脱ぐ。私は好奇心に負けて、彼女に続いて上がりこんだ。
「普通入ってくる?」
「だって、他に人いないんでしょ」
「あなた、結構凄いわね。ここは三人暮らしの家庭で、ご両親は夜中まで戻らないわ。いるのは息子だけ、二階にね」
「え、その息子って例の、……彼氏?」
「その間が引っかかるけど、まあそうよ」
 カオリが弁当箱を袋から出した。なんと、箱は空ではないようで、こうして見ていても中身の詰まった重みを感じる。
「そのお弁当って、彼氏にあげるの? 晩ご飯的な?」
「そう」
 なんと、鴨葱ならぬ弁当弁当とは。ここまで尽くされるのなら、カオリを切れないのも男心なのかもしれない。軽蔑はするが。
 カオリは二階へ上がった。私も続く。
 茶色のドアの前で、カオリはかがみ、弁当箱を廊下に置いた。
「また作りましたよ。ちゃんと食べてくださいね」
 それだけ言って階下へ戻る。
 二人でリビングに入り、ソファに座ると、私は訊いた。
「何あれ。あんなんなのいつも?」
「そう。遠距離の彼女に四股がばれて、家族ぐるみだったもんだから周りにも飛び火して、親からは勘当寸前になって、それから引きこもっちゃったのよ。あれなら追い出されないで済むでしょ。無理に叩き出したら本当に野垂れ死にしそうだし」
「……おお」
「彼女の方も大変だったみたいよ。自殺未遂したとかしないとか」
「よくそこまで思いつめられるくらい、そんな男好きになれるね」
「あなた、ちょっとは考えながらしゃべった方がいいわね」
 日がいよいよ暮れてきた。が、二人とも、電気をつける気にもなれずにいた。
「浮気がばれた後も会いに来た女は、私だけだってご両親が言ってた。お母様はもう食事の世話もしてやりたくないし、お父様は一族の汚点だって言ってるし。元々名家みたいでね。それで私が、一日一食だけ、差し入れてるのよ」
「まさか、本命になるのを狙ってるわけ?」
 夕闇の中、影だけになったカオリが首をかしげた。
「いいえ? 全然」
「じゃあ、なんで」
「なんで……そうね。うまく言えないけど。そういうのが好きな女なんでしょうね、私が」
 その時、二階からうめき声が聞こえた。
「……何か、お口に合わなかったんじゃないの」
「そんなことないと思うわ。彼にふさわしいものだけを詰めてあるのに。また、言って聞かせなきゃ」
 そう言ってカオリは席を立った。彼女の右手にはちらりと、何か棒状のものを握っているのが見えた。

 そういうのが好きな女。
 親に相談できない子供。子供と向き合うことをやめた親。その暗い狭間に入り込み、一瞬に、思うさま感情を迸らせる。
 気持ちいいんだよなあ。私も好き。

 二階から、カオリの笑い声と、激しい打撃音が聞こえてきた。
 カオリの男を見る目は確かだったんだなあ、と思って笑った。


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