井川林檎さん

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17/11/21 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:154

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 課長は仕事もできて、女子社員からの受けもよい。
 しかも奥さんが良い。社内結婚なので、みんな奥さんのことを知っている。美人で、乳が良い。
  
 社服のベストのふくらみは、普通より少し小ぶり。
 形が美しい。あれは稀に見る神乳。
 透けるような美肌。
  
 課長と結婚し、退社した彼女(の乳)。
 当時俺は、のたうち回って苦しんだ。
 あの乳は、もういない。

 焦がれるあまり、俺は課長を見る度に、美乳を思った。
 毎日課長の顔を見て、仕事の指示を受け、お叱りを受ける際、むらむらした。
 
 「A君、今日はプレゼン、頼むよ」
 「了解です(むふぉっ)」

 課長の顔は、美乳を連想させる。
 課長の叱る声は、美乳が左右上下暴れているかのよう。
 42歳、女の子のパパ。課長と美乳。俺だけの妄想。


 課長は愛妻弁当持参だが、時々娘の弁当と間違えて持ってきた。
 「女房が間違えたんだ」

 うさぎやくまのキャラ弁だ。
 「ちょっと食べてみるか」
 そんな時、課長は決まって、おかずを分けてくれる。

 「酷いよなあ」
 そう言いながらも課長は、幸せ全開で、ちまちま弁当を摘まんでいた。

 
 ある日、課長の奥さんが第二子を出産した。
 奥さんは別の会社に再就職したばかりだったから、育休を心行くまで取るわけにはいかなかったらしい。
 
 「近くに、生後二か月から預かってくれる保育園があってね」
 課長は零した。
 「そこに預けて、仕事に行っているよ」

 娘とパパの弁当を作り、赤ちゃんを預けて仕事に出る。
 女は偉いなあ。課長は言った。

 俺はむらむらする心を必死で押さえた。
 課長、奥さんに惚れ直してやがる。

 「無理するなよ」
 奥さんを労わりながら、夜になったら無理するなもヘチマもないだろう。

 くそっ。

 それでも俺は、課長の顔を見れば、美乳を妄想する。
 課長の声で情熱に点火。
 ぼいんぼいん縦に横に上に下に右っ、左っ、右っ、左っ。
 (妄想の美乳様が荒ぶる)
 
 ある昼休み。
 課長は弁当を開いた。
 そして、表情を変えた。目が点になり、眉が吊り上がった。

 「間違えてるっ」
 思わず言ってしまったのだろう。課長ははっとして、周囲を見回した。
 
 オフィスで弁当を食べている社員は、そういない。課長のほかは、俺と数人の野郎ばかりだ。

 一番席の近い俺が、お子さんの弁当ですか、と覗きに行った。
 あわよくば、あの美乳が作った弁当を一口味わいたいが為。

 これまで何度か俺は、課長の娘さんのキャラ弁を味見させてもらった。その度に妄想の美乳様の輝きが増した。
 
 甘い味付けの、愛らしい弁当よ。
 
 だが、その日、課長は「食べるか」とは言ってくれなかった。
 赤い顔をして、俺から中身を護るように蓋をしめかけた。
 だが俺は、弁当箱の中身をしっかりと見てしまった。

 アルマイトの弁当箱に入っていたのは、いくつかの平べったい白いもの。
 (なんだこれ)
 と、思ったが、ふいに俺は勘付いた。

 保育所に預けた赤ちゃんのための弁当。
 これは、冷凍母乳だ。

 そう思った瞬間、全身がウルトラダイナマトファイヤーとなった。
 ホット、ホット!
 
 (あの)
 ぶるるん、縦っ、横っ、上っ、下っ!

 (美乳から出た)
 右っ、左っ、交互っ、同時っ!


 「交換して下さい」
 俺はコンビニ弁当を差し出した。目の前にあるこれは、まさに美乳そのもの。これを喰らう事は、俺自身が乳になるに等しい。

 課長は目を剥いた。
 妙な空気を感じて振り向くと、オフィスに残っていた野郎どもが皆、課長の手元に視線を集中させている。

 (皆、勘付きやがった)
 皆、課長の持ってきたものを早くも嗅ぎつけた。そして俺同様、むらむらしている。つまり、皆、あの美乳に焦がれた仲間。

 「課長、俺の弁当もどうぞ」
 「課長、俺のカップ麺も」
 
 一口でいい。
 その、半分とけた冷凍母乳を齧らせてもらえれば、俺らは生きられる。


 課長は俺たちを見回すと、やがて弁当箱のふたをあけ、冷凍母乳のパックを手元でちぎって開いた。
 からんころん。
 弁当箱の中に凍った母乳が転がる。

 おすそ分けをくれるのだろうかと期待が高まったのも、一瞬。
 次の瞬間、課長は弁当箱に口をつけ、一気に冷凍母乳を頬張った。

 ばぼりぼりぼり。
 ごっくん。

 痛々しい沈黙の末、課長はろれつの回らない舌で、こう言った。

 「しょうもなくて、まずい」
 
 大事なことだと考えたのか、課長は同じことを五回くらい言ってから、おもむろに立ち上がった。
 外出するらしい。

 コンビニ弁当でも買うのだろうか。
 俺たちは皆、なんとも言えない思いで目を見合わせたのだった。


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