土井 留さん

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空間

17/11/21 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 土井 留 閲覧数:265

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 気が付くと何もない空間に立っていた。
 辺りは薄暗く、四方は漆黒に沈んでいる。
 地面が無く、足下には空間が広がっている。
 そして、巨大な、とてつもなく巨大な眼球がひとつ、下からこちらを見上げていた。
 私は悲鳴を上げて半歩後ろによろめいた。
 景色が見えないのに距離を感じるのは奇妙だが、その巨大な目は確かに遥か下方にあった。暗さのためか瞳孔は大きく広がり、瞳の大部分を漆黒が占めている。瞳はこげ茶色で、糸のような模様が無数に張り巡り、白目の毛細血管が妙に鮮やかに見えた。
 不意にその目が瞬きした。
 辺りは一瞬暗さを増した。
 私は掌を口に当てて喉にこみ上げるものを懸命にこらえた。
 一体これは何だ。
 目蓋があるから正確には眼球ではない。右目なのか左目なのかわからない、魚のような丸い目で、眼球と目蓋を持った「眼」である。
 これは生きている。
 黒目が震えるように運動している。何かを視線で追っているのだ。
 眼球の反射的な運動がその巨大さのために拡大され、ひどく不快な落ち着かない景色となって私に迫った。
 ふと、私は自分が空中に浮かんでいることに気が付いた。頭髪が逆立つ感じがし、体ががくがくと震えだした。
 しかし、予感に反して、スニーカーの靴底には確かな足場が感じられた。私は揺れる膝を抑えながら恐る恐る手を伸ばし、私の足下にある「何か」に触れようとした。
 意外にも掌に固い感触があった。透明なガラスのような、ひどく人工的な平面を感じる。私は掌を少しずつずらし、少なくとも私の周辺1m四方には、一種の「床」があることを確認した。
 私は恐る恐る膝をつき、硬質の「床」にへたり込んだ。
 半ば虚脱して首を垂れると、両足の間を通して、生々しい巨大な黒目と目があった。
 あわてて目を逸らし、背中にかけていたショルダーバックを膝に乗せてその視線を遮った。そしてまだ小さく震える手で、ショルダーバッグからマルボロの箱を取り出した。
 どうにか一本煙草を抜き出し、火をつけようとしたが上手くいかない。口に運ぼうとした左手から煙草がこぼれ、私の左膝でバウンドして落下した。
 その現象は私を凍りつかせた。
 煙草の白い包装は、私が座っているはずの「床」をすり抜け、「眼」のある下方へ、下方へと落ちていく。
 しばらくして、彼方の眼が2回瞬きした。
 「床」の煙草が落下した場所(左足のすぐ側だ!)を、手で探ってみた。相変わらず硬質な何かが感じられ、穴が開いている様子はない。腹ばいになって手足を伸ばしてみると、「床」は少なくとも私が手足を伸ばせる範囲には存在している。
 一体、さっきの落下はどういう訳だろう。
 ゆっくりと立ち上がり、もう一本煙草を抜き出して、足元の「床」に落としてみた。
 すると、白い包装は何の抵抗もなく落下して見えなくなった。彼方の巨大な眼が、迷惑げに瞬きした。
 つまり、私が触れているものには「床」ができるが、私から離れると、このルールが破れて「床」に遮られることなく落下するらしい。
 不意に笑いが込み上げてきた。
 寝てしまおう。眠ってしまえば、全て解決するかもしれない。
 私は大の字になって「床」に仰向けに寝転がった。
 なかなか具合がいい。「眼」と目を合わせることもなく、高さを感じることもない。ショルダーバッグを枕にしようかとも思ったが、私から離れて落下してしまうと困るので、それはやめた。
 いつの間にか寝返りをうっていた。目を開けた拍子に巨大な眼を覗き込んでしまい、私はぎょっとなって飛び起きた。
 少々頭痛がする。こんなところで真っ当に眠れるはずがない。
 どうしようもないので、私はとにかく仰向けになっていることにした。この姿勢は安定していて、気味の悪い目を見ることもない。
 随分長い間そうしていたように思う。
 背中にわずかな振動を感じて、私は耳をすました。
 すると唐突に、ピリピリピリピリピリピリッ!という音が、私の左手を高速で通り過ぎた。
 あわてて起き上がると、真下の眼球が嫌でも目に入った。
 巨大な眼は斜め右下を睨んでいる。白目が広がり、瞳の脇の青黒い部分と毛細血管が際立った。
 そして眼が睨んでいる方向から、かすかな音が聞こえてきた。
 ピシ、ピシ、ピキン!ピシッ!ピシピシピシピシ…
 ガラスにひびが入るような音。そう、ガラスにひびが入るような音が!
 私は顔を引きつらせて足下に目をやった。
 黒目の位置が中央に戻り、無感動な眼がしぱしぱと瞬きするのが見えた。
 唐突にその目が閉じられた。あらゆる光が無くなり、私は闇の中に取り残された。
 ビシッ!バキン!バキバキバキバキッバキバキバキバキバキバキッ!
 完全な暗闇の中で、硬質の物体が弾ける音がものすごい速さで迫ってきた。


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