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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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時に一個のパンの先

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:2件 むねすけ 閲覧数:339

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 初めて自分の半身と出会ったのは幼稚園の頃だった。
「じゃあね。僕はピアノを頑張ってみるから」
 透けて向こうが見える半分の僕はそう言い残すとピアノに吸い込まれるように消えた。僕はその日母に泣きついて、ピアノレッスンから逃げた。先生が厳しくて怖かったから、好きだったはずのピアノの音に背を向けて僕は教室を出た。
 二人目と出会ったのは小学生の頃。地域の少年野球チームでライトフライを顔面キャッチした日だ。
「痛がりなやつだな。僕は野球やめたくないから」
 ダブついたユニフォームの向こうに透けて見えた夕日に、コウモリが動くホクロみたいと感じたのを忘れない。半分の僕は「じゃーな」と、言い残すとセカンドベースにスライディングして消えた。
 中学生の頃には二人と別れている。一人は不良友達の原付のテールライトに消えた。
「怖くないわけじゃない。でもさ、ブレーキ握らずに角を曲がる時のドキドキは癖になるぜ」
 半分の僕は高山君にしがみつきながら、臆病者と笑われてもいいから二度と原付のケツになんか乗りたくないと思ってたはずなのに。自分の半分は自分で思っているより向こう見ずで馬鹿なやつだった。
「芸能人になれるかもしれないじゃないか、じゃーな。僕は目指してみる」
 中学の三年。高校生漫才グランプリに向けてコンビ組もうぜと、佐々部に誘われた日だ。「一年練習すれば予選ぐらい通るって」実はあの時、半分の僕も結構乗り気だったんだ。でも、佐々部は「ツッコミやってくれ」って言ったから。僕は断った。お笑いコンビのツッコミなんてただの木偶の坊だと、あの日の僕は言ったはずだ。不遜だったと今なら思える。誰かを木偶の坊にしたら自分もたちまち木偶の坊にされてしまうと、中学生にはまだわからなかったんだな。向こうが透けて見えるブレザーの袖を光の速度で振るって佐々部の頭をはたき、半身は消えた。佐々部は僕の代わりに田中と大会に出場し予選で敗退した。
 高校生の頃、それまで一度も話したことのなかった別クラスで茶道部の女にわけのわからない集会に誘われた日。名前も忘れてしまったあの子は両目に違う色のカラーコンタクトを付けていた。
「虎穴に入らずんばってゆーだろ。変わった子だけど、綺麗な顔してるし」
 脈打つ股間の向こうに透けて掃除用具ロッカーの凹みが見えたっけ。もう早い友達は経験を済ませていたし、僕も焦りを感じていたのかもしれない。単にスケベ根性に操られていたのかも、そっちの方が正解かな。あの日から三週間後、あの子は退学して学校に来なくなった。理由を教師に訊ねても教えてくれなかった。
 選択と迷いだろうか。僕は現在四十代の半ばで振り返る。あったかもしれない僕の今は、半身たちの未来。ピアニストになっていたかも。プロ野球選手になっていたかも。不良の未来は? 漫才コンビで大ブレイクしていたかな。あの子と一緒に退学していたら、大卒の僕は存在しなかった?
 ここにいるのだ僕は。ピアニストでも漫才師でもなく、広告代理店勤務、同い年の妻と今年十歳になる娘と共に。幸せなんだ。僕の選択は常に正しかった。怖い先生、痛かった軟球、原付バイクのスピードにちぎれた臆病風。逃げてばかりだったけれど、それも選択。それも迷いを断ち切る僕の意思。これでよかったんだ。
 選択が正しかった証拠に、誰も姿を見せに来ないじゃないか。僕の半身ならきっと僕と似た性格のはず。ピアニストになっているなら、有名な漫才師になっているなら、どーだって自慢しに来るはずだ。みんなきっと透けて透けて消えてしまったんだ。
 僕はもう迷わない。最後に半身と別れてからもう何年経ったかな。僕は今に満足している。妻は綺麗で料理が上手い。娘は可愛くお手伝いも嫌がらないいい子だ。半身が生まれてくる迷いの隙間なんか何処にも数センチもないんだ。
 その、はずだったんだ。
 僕はコンビニでコロッケパンを買うか、焼きそばパンを買うかで悩んでいた。二個は胃に重い。もうそんな年齢だ。二個のパンに想像でかじりついて、僕は結局コロッケパンを選んだ。
「じゃあな」
「え?」
 透けて向こうが見える僕の半身。くたびれたスーツに派手なネクタイ。娘のプレゼントだ。透けて向こうにプレイボーイの表紙が見えた。水着の色は白。
「僕は焼きそばパンにする」
「ちょっと、ちょっと待って」
 ピアニスト、野球選手、悪の道、漫才師、未知の道。ちょっと待て、今回の半身は一体何処に向かうつもりだ?
 僕の声には答えずに、半身は焼きそばパンをかじって消える。
 僕は、深く呼吸して決意する。初めてだ、なんでこんなと、自分でも呆れつつ、パンをとり変える。瞬間、「じゃあな」と、コロッケパン持つ半身が見えた。娘にもらった派手なネクタイの向こうに転職雑誌が透けて見えた。 

 


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このストーリーに関するコメント

17/11/22 待井小雨

拝読させていただきました。
「あの時違う選択をしていたらどうなっていただろう?」「あちらを選んでいたら自分はどう変わっていただろう?」そう考えることが幾度となくあります。
主人公から去っていった半身も、どこか自分の知らないところで自分には掴み得ない何かを掴んで生きているのかもしれない、と思いました。
最後、これまでとは違う選択をした主人公が今度はどんな人生の道に立つのか気になります。

17/11/22 むねすけ

待井小雨さん
コメントありがとうございます
僕自身もよく異なる道を選んでいたら……と考えるので、このような物語が出てきたんだと思います
ラストは、人生の分岐というのは日々の何気ないところにもあるはずだよなぁと
選んだパンが異なるだけで全く別な人生になることもあったりして、という想像です
主人公の先はきっと驚くような、振り返ってあのパンが人生の分岐だったのか、となるはずです
常にそんな人生の分岐点だらけと思うと、クラクラしてきちゃいますが、そうだったりするのかもしれません。

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