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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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情熱と光のなかにいた

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:147

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 子供の頃から、ドラマや映画を見るのが好きだった。テレビやスクリーンに映っている俳優と呼ばれるひと達に憧れた。自分ならもっと上手く演じることができる。もっと違った役への解釈やアプローチができる。そんな風に、生意気なことを思ってもいた。
 東京にある小さな劇団に入ったのは十九歳のとき。初めて舞台に立ったのはそれからしばらく経ってからだ。白粉や口紅ではなく、泥だらけのメイクを施した。自由を守るために戦うことを決意し、声をあげる名もなき民衆たち。私はそのなかのひとりだった。
 あれから十年。名前のある役を貰うようになった。公演のパンフレットに名前が載るようにもなった。それでもまだ、私は名もなき女優のままだ。

 少し前から、再現ドラマの仕事が舞い込むようになった。初めは劇団のツテで回ってきた仕事だった。
 再現ドラマとは、芸能人や視聴者の投稿エピソード、過去の事件などを再現した映像のことだ。バラエティ番組や情報番組には欠かすことができない。
 予算の都合で人気のある役者が使えず、売れない舞台女優の自分が望まれているのだとわかっている。それでも良かった。演じること、それを求められることは、私にとって喜びだった。
 色んな人間を演じた。平凡な主婦、不倫に悩むOL、男を手玉に取る銀座のホステス。芸能人の役を依頼されることも多かった。私は再現ドラマにちょうど良いらしい。
「どんな役でもソツなくこなしてくれるし、変なアクもないからね。安心して仕事を依頼できるよ。それに美人だし、芸能人役にはもってこいだ」
 ある番組のプロデューサーの言葉だ。彼にとっては褒め言葉なのだろうそれを、私は笑顔で受け取った。女優だから本心とは逆のことも平気で言える。
「嬉しいです。とても」
 整った顔立ちだけど記憶には残らない。そこそこ上手いけど個性がない。十九歳で劇団に入ったときからずっと、言われ続けた言葉だった。必死にあがいて、もがき続けて、十年。それでも私には同じ言葉が突きつけられる。

 冴木淑子というひとは、私が物心ついた頃にはすでに日本を代表する女優だった。七十歳を過ぎた今でも、第一線で活躍を続けている。
 主演舞台の宣伝のために、彼女が情報番組に出演することになり、再現ドラマで私が本人役を演じることになった。
 彼女のいくつかの映像作品に目を通した。健気な主人公から、稀代の悪女、物乞いの老婆まで。どんな役を演じても、彼女には個性という強烈な光があった。私が欲しくてたまらなかったものを、冴木淑子は持っている。
 私が求めたもの。致命的に欠けているもの。それは、もしかしたら、努力では補いようのないものなのかもしれない。
 どんなに小さな役にも夢中になれた頃のことを、遠い昔のことのように思う。前だけを見ていた。跳ね返されても、叩きのめされても、体の奥には熱い大きな塊があって、だから私は潰れなかった。
 最近、目もくれずに走ってきた道を、ふと振り返りたくなる瞬間がある。前が見えない。けれど引き返す勇気もない。熱い大きな塊が、いつの間にか小さくなっていることに、私は本当はずいぶん前から気づいていた。

「冴木淑子の再現ドラマね、あれ評判良かったよ。君にはめずらしく、濃い感じの演技だったけど。ああいうのも良いじゃない」
 プロデューサーが劇団に顔を出したのは、番組の放送が終わった翌週だった。視聴率が良かったらしく、かなりの上機嫌だ。
「あの役をいただけたこと、とても光栄で、幸せでした」
 本心だった。彼女を演じていたとき、自分の体の奥は今までにないくらい熱くなっていた。
「それからこれ、宣伝した舞台のチケット。千秋楽のだよ。君に渡してくれって、冴木淑子本人から」

 舞台の上でも、彼女は強烈な光を放っていた。圧倒的な存在感。どんなに舞台が広くても、大勢の役者に囲まれても、埋もれるはずがない。幕が下りても拍手は鳴りやまなかった。カーテンコールが繰り返される。舞台の中心で、彼女はいつまでも手を振っていた。
「ありがとう! 来てくれて。あの再現ドラマ、本当に素晴らしかったわ!」 
 終演後、彼女の楽屋に呼ばれた。全てを包みこむような笑顔で私を迎えてくれる。舞台を降りても、彼女の輝きは少しも褪せることはない。
 その大きな強い光を知って、私の迷いは消えたのだ。あの再現ドラマは私の最後の熱だった。あの仕事を終えて以来、私は何の役も演じていない。冴木淑子という女優を演じて、それを終えたとき、私は自分のなかの熱が完全に失われたことを知った。
「これからも頑張ってね。応援してるわ」 
 私を真っすぐに見る、とても力強い彼女の瞳を、私は見つめ返すことができない。夢を投げ出すことへの後ろめたさのせいではない。ただ彼女の光が、強くて暖かな光が、私には眩し過ぎたのだ。



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