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ツチフルさん

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再出発

17/11/20 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 ツチフル 閲覧数:77

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「スズランの根を乾燥させたものだそうだ」
 言って、道人は薄茶色の粉末が入った薬包紙をテーブルに置いた。
「こいつに含まれてる何とかって毒を飲むと、二三時間後に心不全を起こして死んじまうらしい」
 帰ってくるなり語り出した恋人を、玲奈は無言で見つめる。
 理解できたことは二つ。薬包紙に入っている粉末の素材と、その効用。
 理解できないことも二つ。どこで、それから何のために手に入れたのか。
「検死とかされたらアウトだけど、相手は一人暮らしのじいさんだろ。まず大丈夫だ」
 道人の声は明るかった。まだ仕事が上手くいっていた頃のように。
「六千万あれば借金を返せる。やり直すことができるんだ」
 一人暮らしの老人。六千万。借金。
 つけ加えられた情報で、玲奈は道人の言葉の意味を理解した。
「何の話をしてるの?」 
 それでも惚けて見せたのは、この話を冗談で終わらせたいという願いがあったからだ。
 道人は冗談とは真逆の声で答えた。
「必要なんだよ。金が。俺の再出発のために」
 立ち上げた事業が失敗して以来、道人は玲奈に養われている状態だ。
 やり直したいという気持ちがあることは嬉しい。
 しかし、そのためには『きっかけ』が必要だった。
 手を差し伸べてくれる者。あるいは、金。
 六千万という金は、確かに『きっかけ』となる。
 ――ただ。
 テーブルに置かれた薬包紙を見て、玲奈は身を強ばらせた。
 これが『きっかけ』であっていいはずがない。 



 鈴木という老人は、玲奈の勤務する訪問介護の利用者で、妻を亡くして以来一人で暮らしている。
 無口で無愛想だが、玲奈も喋るほうではないのでやりやすい相手だった。
 とは言っても、お互い口がきけないわけではないので話はする。訪問を重ねれば親しくなって相手の事情もわかってくる。
 たとえば、家族との折り合いが悪いこと。
 定年後は夫婦で世界を巡る予定であったこと。
 その夢を叶える前に奥さんが他界してしまったこと。
 それから…
 ある日。鈴木はどこからかスポーツバッグを持ってくると、中を広げて見せた。
「ざっと六千万ある」
 玲奈は瞬きと言葉を忘れ、札束の山に見入ってしまう。
「妻と世界を巡ってパッと使うつもりだったが…」
 その夢は泡となって金だけが残ったよと鈴木は笑った。
 
 玲奈が道人にこの話をしたのは、ただ驚きを共有したかったからである。
 スズランの粉末を渡されたのは、その一月後だった。

※ 

 玲奈は鈴木宅を訪問し続けている。
 表面上は何の変化もないが、彼女の内は大きく揺れていた。
 ポケットの中の薬包紙が、夕食の準備のたび脳裏によぎる。
 六千万あれば、確かに道人はやり直すことができるだろう。しかし、そのために誰かを犠牲にしていいわけがない。
 玲奈は迷い続けた。
 だから…
「俺が死んだら、あの金はお前さんにやるよ」
 鈴木に言われたとき、彼女は企みがばれたと思って身を強ばらせた。
「急に、何を言うんですか」
 かろうじて笑ってみせても、声は震える。
「家族に遺す気はない。使い道もない。だったら、使い道のある奴にやろうと思ってな」
 それは玲奈の事情を知っての言葉ではなかったけれど、確かに彼女には使い道があった。
「死ぬまでにさして時間はかからんが…」
 言って、鈴木は笑みを浮かべる。
「何なら毒を盛って早めてくれてもいいぞ」
 冗談のつもりだっただろう。
 けれど、玲奈にはそれが『許可』に聞こえた。
 ポケットの薬包紙に触れ、スープに目をやる。
 大きく息を吐く。
 そして、玲奈は自分の選択を信じた。
 
 鈴木の死因は心不全と診断された。
 葬儀は近親者だけで執り行われたと聞いている。



 あれから玲奈は、ずっと道人を立ち直らせようとしてきた。
 協力して借金を返していこうと励ましつづけてきたのだ。
 だが、道人は立ち直れなかった。それどころかアルコールに溺れ、近頃では暴力を振るうようにさえなっていた。
 玲奈は思う。
 もし、あの時六千万を手にしていたら道人は立ち直れていたかしら。と。
 首を振る。
 きっと、結果は同じだった。


 鈴木の死は心不全である。
 玲奈は結局、スズランの粉を使わなかったのだ。
 彼女が六千万を手にしたのは、だから、鈴木の死後になる。
 道人のためではなく、自分のために。
「これで俺は再出発するぞ!」
 道人がアルコール臭い口で叫ぶ。 
「でかいことをやるぜ。この六千万がはした金になるようなやつを」
「そうね」
 頷きながら、玲奈は薄茶色の粉をグラスに入れ、酒を注ぐ。
 道人は嬉々として受け取り、そのグラスを掲げた。
「俺の再出発に乾杯!」
 一気に飲み干すその姿を見つめながら、玲奈もグラスを掲げる。

「私の再出発に、乾杯」


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