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佐川恭一さん

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性別 男性
将来の夢 ノーベル文学賞受賞
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歴史の果てに

17/11/19 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 佐川恭一 閲覧数:109

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 2030年にはすでに、将棋という知的ゲームにおいて人類がコンピュータに勝利する可能性が全く失われていた。猛スピードで発達するディープラーニング・システムの過程を研究していた数学者のアルフレッド・シスラーは、以下のような仮説を立てた。

 人生はつねに無数の二択を選び続けることによって決定される。そのすべての選択には最適解が存在し、選択をひとつも誤ることなく人生を進めていけば、少なくとも自分自身の生物的限界の範囲内で達成しうる最大の成果を必ず手にすることができる。

 この仮説の研究は将棋に用いられるAIを応用して推し進められた。そうして生まれた初期段階の行為選択AIは、人間のすべての選択について正誤を判定し、一日の終わりには評価値を表示した。これがつねに最大となるような行為選択を続けること、それこそが人間の目指す完璧な人生なのだと、大衆たちは固く信じるようになった。

 やがて、この行為選択AIの進化と普及により、すべての人間が高い精度で最適な行為を前もって知り、選択することが可能となった。AIに反発する党派、いわゆる「感覚派」が現れ大きなムーブメントが起こることもあったが、かれらはつねに完全な敗北を喫した。人類はAIの選択に従うことのみに集中するようになり、ついには脳内にチップを埋め込むことで自動的に行為を選択できるようにさえなった。こうして人類の脳内から《迷い》というものが消失した。この事実について、感覚派の文学者J・G・ケーヒルは次のように述べている。
「人間存在の精神の根源ともいうべき《迷い》が失われた今、人類はすべての幸福から疎外されている。人類のもがき苦しんだ歴史は、いまや何の役にも立たない愚者の徒労の記録でしかない。われわれからはあらゆる文学性が剥奪され、人間を人間たらしめていたいかなる悲喜劇も、もはやわれわれを露ほども刺激しない。悲喜劇自体の成立要件が消滅したのである」
 ケーヒルのややノスタルジックな物言いは大した反応を引き起こすこともなく、人々の嘲笑の渦に消えた。AIはほとんど誤差なく個々人の最適な職業を指し示し、最適な結婚相手を導き出し、最適な育児法を案内した。ギャンブルは成り立たなくなり、芸術は衰退し、無駄は極限まで削ぎ落とされた。人々は効率的に人生の歩みを進められる時代を歓迎した。

 その後もAIの研究はとどまるところを知らず、ドイツの研究グループがついに完全なる正答のみを提示するアンネ・システムを開発、アンネ・システムは瞬く間に世界中へと広がり、システム利用者の特徴に合わせた学習を驚異的なスピードで進め、各人に完全な解を次々に与え続けた。

 しかし二十一世紀も終わりを迎えるという頃、自律的に爆発的進化を続けたアンネ・システムはあらゆる場面で「自殺」を選択するようになった。長いディープ・ラーニングの末、ある人間の人生を全体として評価した場合に、その値はゼロをつねに下回るという結論が下されたためである。脳内にアンネ・システムを埋め込んでいた人々は次々に自殺し、人類は滅亡への道をたどり始めた。残されたわずかな「感覚派」の末裔たちはごろごろと転がる死体を焼き払ってまわった。なかには再び歴史が回復したのだと歓喜する者もいたが、アンネ・システムの弾き出した演算結果を知ったうえでもう一度人間社会を再設計することの意味を考えると、多くの者は恐ろしい無力感に襲われた。J・G・ケーヒルの孫、J・G・ミリガンは祖父の感傷的言説に共感を示しながらこう述べている。

――あらゆる寓話が否定された上でわれわれが生き延びる為には、あえて歴史に逆行することの困難を引き受ける覚悟が必要である。われわれは透けて見えている解答から目を背け、すべての問題に悩みくるしむそぶりを死ぬまで続けねばならない。そのこと自体に価値があるのだ、人間存在の豊かさは《迷い》の振る舞いのなかにこそあるのだと、強く言い聞かせながら……


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