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橘瞬華さん

徒然なるままに。

性別 女性
将来の夢 そしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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Walteinsamkeitの夢を見る

17/11/19 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:1件 橘瞬華 閲覧数:155

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 瞼を開けて一面の雪景色を目にすると、またこの夢か、と独り言ちる。
 雪に覆われた黒い森を一人歩いている。いつかおとぎ話の挿絵で見たであろう、針葉樹の森。森へ足を踏み入れるにしては薄く心許ない白いワンピース。夢の中の私は幼い頃の姿を形取りとても矮小で、天までうず高く聳え立つ木々を時折仰ぎ見ながら、目的地も知らぬままただひたすら歩いてゆく。足取りは迷いなどないよう進んでいくのに、いつまで経っても森の終わりへ辿り着くことはない。どれほど歩いたかも定かではなく、悴んだ足が言うことを聞かなくなり動けなくなった頃、その場にへたり込んで泣いてしまう。広い森の中、誰に聞こえることもない声は少しだけ反響して。
 いつもそこで目が覚める。これが私の心象風景。ひとりぽっちの迷いの森。

「おはよう、今日も早いね」
 寝間着に身を包み、寝ぼけまなこを擦りながら現れた彼の姿も、今や日常の風景と化していた。
 白い湯気の立った色違いのマグカップを手渡し、バタートーストを頬張り赤いマグカップに口を付ける。端に寄せたノートパソコンのキーボードを叩きながら、手早く朝食を片付けていく。
「今日は卒論の最終チェックをしてもらうから、手直しをしておきたくて」
「そう言えばそんなこと言ってたね。頑張って」
 ごちそうさま、と席を立ち、一通りの準備を終えた彼を玄関まで見送って、いってらっしゃいと唇を重ねる。そんな日々を一つ上の彼が社会人となった春から過ごしている。院進学が決まった私に合わせ、県内で仕事を見付け、二人で住むための生活費を維持してくれている。
「今日は先輩と飲みに行くから、帰りは遅くなる」
 うん、と彼を送り出して食器を片付けて、ノートパソコンに目を向ける。修正を待つ文字列は均一に並び、白い背景に滲んで、集中力の切れた目ではもう読むことすら難しい。電車の中で仮眠を取れば十分だろうと、いつもより少し早く家を出る。冷たい空気、頬を切る風。朝の並木道は、冬の訪れを予感させた。

「今日直した箇所さえ修正したら提出出来るでしょう。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
 締切が迫った卒業論文を校正したものを受け取る。いくつか朱色の訂正が入ったそれを受け取り、鞄の中へ仕舞う。
「彼は元気ですか?一緒に暮らしていると聞きましたが」
「はい、今年の春から。仕事にも慣れてきたと」
 教授の整えられた白い髪に、カーテンから洩れた光が透ける。その日差しのように穏やかな瞳が、私の瞳をじっと見据える。
「元気なら何よりです。君は院に進学するんでしたね。海外留学などは考えていますか?」
「海外留学、ですか。いえ、特には」
「そうですか。先日、ドイツに行った時に古い知人に会いましてね。彼女はドイツで大学教授をしているのですが、君の研究分野の話をしたら興味を持ってね。ちょうど推薦枠も空いているらしい。君さえ良ければ、考えてみないかと思ってね」
 私は即座に首を振る。彼に同棲してほしいと言われ、彼は第一志望の企業を、私は4年の院進学を諦め、二人で一緒になる道を選んだ。彼も何かを諦め生活費を維持してくれいる以上、一緒に居る以上にしたいことなど、持ってはいけない、と。
「せっかくのお話ですが……、」
 言い掛けて、言葉が止まる。本心からではないことは自分でも重々承知の上ではあった。
「考えさせてください……」
 すぐには答えを出さなくてもいいが、出来るだけ急ぎで返事が欲しいとのことだから、相談して今年中に返事を用意してもらえないだろうか、と穏やかな声が響く。はい、と弱弱しい返事を吐きながら、研究室の扉を背にする。動悸が激しくなる。そこからどうやって家へ帰ったか覚えていない。気付けばベッドの上で蹲っていて、帰宅した彼の声で目が覚めた。

「ただいま。電気ついてないけど、どうしたの」
「おかえり、ちょっと、寝ちゃってたみたい。ご飯どうだった?」
 ネクタイを緩めながら吐く、やっぱりこの会社向いてないんだよ、と口癖にも似た言葉も、どこか遠く聞こえ内容もろくに耳に入らない。途中で話を切り出そうとしたが、今日はもう遅いから明日でいい?と話を遮られる。時計の針は0時を回っていた。明日の朝シャワーを浴びるから、と彼もベッドに潜り込んでくる。胸の辺りに頭を埋める彼の姿はまるで子供のようで、髪を撫でるとおやすみ、と一言告げた。こんなに近くに居て触れ合っているのに、心まで分かり合えない。一緒に悩むことも出来ない。このままでいいのだろうか、という思いが頭をもたげてしまう。お互い自分で選んだ道のはずなのに、自分の進むべき道も分からない。彼の寝息が聞こえだす頃になっても、私の頭は冴えたまま、一人問答を繰り替えす。

 やがて夜明けが近づき眠りに落ちる頃、私はまた、同じ夢を見る。
Waldeinsamkeitの夢を。


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このストーリーに関するコメント

17/11/20 霜月秋介

橘瞬華さま、拝読しました。
自分が選んだ道でも、自分に嘘をついて選んだ道だったのならばいずれ後悔が待っているのでしょうね。二人とも自分の本心をさらけだして、前へと進んでほしいと思いました。久しぶりの投稿お疲れ様です。

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