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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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山中の鬼

17/11/19 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:6件 待井小雨 閲覧数:248

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 黄昏時の山中で鬼に会った。口減らしで捨てられて三日が過ぎた頃だった。
「お前、捨てられたのか」
 巨躯を揺らして愉快そうに鬼は言った。最後に持たされた食料も尽きていて、私は木の根に背中を預けたまま力無く頷いた。
「へへへ、酷いもんだな。食いもんがないと人間は子供を捨てる」
 裂けたように大きな口で酷ぇよなあ、と笑う。
「なあお前、憎いだろう。村の奴らが恨めしいだろう」
 鬼は赤く血走った目でにやりとした。
「俺に付いてきて鬼になれ。自分を苦しめる奴らをぶち殺してやるんだ」
 空腹の感覚すら鈍くなった腹が、それでも意地のように音を立てる。ひもじいというより、内側から削られるように腹が痛かった。
「年頃も迎えられずに死ぬのは嫌だろう。血祭りにしてやれ。俺の仲間になりゃあそれが叶うぞ」
 食い扶持を減らす為だ、と私を見捨てた村人たちが浮かび、私は掠れた声をようよう絞り出した。
「……鬼に」
 なる、と口を開きかけて止めた。迷ったのは、私に持たせる最後の団子を作る母の姿を思い出したからだ。団子を噛むように歯をがじがじと噛みあわせる。まだ耐えられるような気がした。
「迎えに来るかもしれない」
 鬼は私の答えを聞くと爆笑した。
「迎えに? おっ母さんがか?」
 有り得ないだろう、それは無い、とひとしきり笑う。
「……でも、来るかもしれない」
 そう呟くと、鬼はぴたりと笑うのをやめて面白くなさそうに私をじっと見た。
「明日も来るからな。明日こそ鬼になれ」
 鬼は鼻息荒く去って行く。冷たい風が体温を奪って吹きすぎていく。

「さあ、肉を食え」
 それでは恨みも晴らせまい、と鬼は生肉を私の前に置いた。それが人間の肉だと察し、私は首を振る。
「勘のいいガキめ」
 鬼は苛立たしげに言うと肉を掴んで去って行く。次の日には別の肉を下げてやってきた。
「獣の肉なら文句はあるまい」
 これを食って怒る気力を取り戻せと言う。横たわりながら再び首を振ると、鬼はむっとした顔をする。
「……肉は、いい」
 周囲の草をむしって噛むくらいしかできずにいた私には、肉を食することなどもう出来なくなっていた。それに、鬼の与える肉を食べたら鬼になる――と思ってもいた。
 鬼は無言で肉だけ置いて去って行った。

 寒さと空腹に耐えながら、なぜ頷きかけたのだろう……と考えていた。あの時、鬼になってしまえばいいと思う自分がいたのは事実だ。ひもじくて苦しくて痛くて嫌で、それを何倍にもして味あわせてやりたかった。
 そんな心が天に見透かされてしまったから母は迎えに来ないのだと、後悔が私を苛む。憎しみなど持たない娘のままだったら、母が「お前は優しい子だね」と抱きしめに来てくれたかもしれないのに。

「果物ならどうだ」
 今日も鬼はやってきて、私の前に食物を置く。
「そのままでは死んでしまうぞ。とにかく食って起き上がれ」
 鬼は大きな体を折り曲げて私の体を支え起こした。果実を絞って口に入れられる。むせるばかりで胃に入った気はしなかった。
「……もう、何でもいいから食ってくれ」
 鬼にはなりたくないの、と言いたかったが声が出なかった。鬼になったらきっと、母のことも誰のことも判別できずに誰彼構わず血まみれにしてしまう。そんなモノになりたくはなかった。
 鬼は不機嫌そうに押し黙る。しばらくしてから呟くような声音で語った。
「――俺は憎かったぞ。溺れるほどの血の池を作っても足りなくて、怒りはずっと収まらなかった。俺を苦しめて一人きりにした奴らを決して赦しはしないんだ」
 恨みを灯して爛々とする瞳。その眦に震える手を伸ばして触れると、鬼は戸惑う表情を見せた。
 苦しかったのね、と声になったかどうか。
 この鬼は、迷わず鬼になれたのだろう。それを少しうらやましくも感じる。けれど、私はこのままでいい。心を憎しみに塗りつぶされることなく、血に酔うこともない人間のままでいい。――人の命は弱く、すぐに尽きてしまうけれども。
 伸ばした腕も、もう力が入らない。
 仲間になってあげられないことを謝りたかったが、ひゅぅ、という呼気がもれるばかりだった。
 あぁ――と鬼が私を揺さぶった。
「待て――まだ」
 霞む視界いっぱいに鬼の顔が映る。低い声が食え、生きろ、と言っている。
 その声が震えているのは何故だろう。彼は鬼で、人ではなくて、捨てられた私に情を移すだなんていうこと、あるはずもないのに。
「……ひ、人を」
 思い切ったように鬼が言う。
「人を憎まんままでいい。恨みを持たんままでいい!」
 嘘を言う。それでは鬼にはなれないだろう。彼は鬼の仲間が欲しかったんだろうに。
「鬼でなくてもいい。生きてくれ。俺を」
 力いっぱい揺すられる。
「俺を一人にしてくれるな――!」
 そう鬼が叫んで。

 そして――哭いた。


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このストーリーに関するコメント

17/11/20 霜月秋介

待井小雨さま、拝読しました。
鬼もまた、誰かに捨てられてずっと一人だったのですね。そこに仲間が来てさぞかし嬉しかったでしょうね。憎しみを忘れ、人間の感情を取り戻しつつあった鬼のラストの叫びが印象的でした。

17/11/24 待井小雨

霜月秋介 様

お読みいただきありがとうございます。
初めは鬼の仲間を得て一緒に暴れてやろうと喜んでいた鬼。それが、弱っていく人の子を見て次第に情を移してラストの叫びとなります。
どんな叫びにするか悩んだところなので、印象に残る叫びとなっていたら書いた甲斐がありました!

17/11/27 そらの珊瑚

待井小雨さん、拝読しました。

簡潔で力強い文体に、引き込まれるようでした。
もともと人であった鬼の中に、まだ人としての感情が残っていたのだなあと思うと、
ラストシーンがまさに、泣いた、ではなく、哭いた、がぴったりくる表現だと思い、鬼に同情してしまいました。
主人公が鬼になることを迷い、それでも踏みとどまったのは、母の団子を思い出したからというくだりは説得力がありますね。
恨んでもいい状況の中で、唯一の救いになるのは、そんな人としての温かな想いなのかもしれないと思いました。

17/12/03 待井小雨

そらの珊瑚 様

お読みいただきありがとうございます。
堕ちてはいけないところへいくのを踏みとどまらせるのは、ささやかに幸せな記憶なのだと思います。決して迎えに来ないだろうとしても、主人公はそれにすがって堕ちまいとするのだろう、と。
「泣いた」にするとどこか感傷的で弱いかと思い、泣き叫ぶような意味を含めて「哭いた」にしました。ぴったりくる表現と仰っていただけて良かったです!

17/12/03 つつい つつ

捨てられた子供は鬼に出会うことによって救われた部分もあるように思うのですが、救いもなくとり残されたままの鬼の叫びが虚しくて、悲しいけど心に響きました。

17/12/06 待井小雨

つつい つつ様

お読みいただきありがとうございます。
鬼は自分でも自覚しないままに、「子どもを鬼にしてそばにいるか」「人のままでそばにいさせるか」の迷いの中にありました。
ただその迷いを得るのが遅かったため、「人のままでいい」という答えも最後まで出せませんでした。
鬼の悲しさを想ってくださり、ありがとうございます。

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