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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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座右の銘 定時帰社特攻隊長

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照れ隠しはコイントスで

17/11/18 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:91

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 先輩のことを好きにさせたのがコイントスなら、嫌いにさせたのもやっぱりそれだった。
 屈辱の日、わたしは一生分の勇気を前借りして多大な負債をこさえた末、よりにもよって世界でも一、二を争うヘタレに告白してしまったのだ。
 先輩はばつが悪そうに頭を掻いてから、おもむろに懐をまさぐった。出てきたのは呪わしい彼愛用のコインである。
「表ならイエス、裏ならノー。いつも通りでいくぞ」景気よくコインは弾かれ、猛烈な勢いでスピンしながら空中を舞う。鮮やかな手際で左手の甲に押さえつけた。「さて、どっちかな」
「桐谷さん、それ本気でやってるんですか」
 わたしの絶望しきった声音には頓着せず、右手をゆっくり手の甲からどけた。「表だ、おめでとう佐伯。俺たち付き合えるらしいぜ」
「信じられない」泣くまいと思ってたのに。「冗談でもひどすぎます」
 駅に向かって駆け出した。驟雨のなか傘もささずに。

     *     *     *

 研修もしないままいきなり現場に配属されて、まごつかない新入社員はこの世に存在しない。
 わたしも例に漏れずそのたぐいだった。OJTという名の高効率システムによって、学習と業務を同時にこなす破目に陥ったのだ。そんな初期のパニック状態を徐々に鎮静化に導いてくれたのが、教育係の桐谷先輩。
 初対面のあいさつをいまでもよく覚えている。
「ようこそ、定年までの虜囚生活へ!」
 先輩は一見、仕事なんかぜんぜんしていないように思える。いつもへらへらしているし、電話に出るのも若い女の子がたくさん在籍している会社からかかってきたときだけ。
 そんな彼が最初に教えてくれたのは、これ以上ないほど意識の低い社会人心得だった。
「いいかね佐伯、仕事なんてもんは適当にやって、定時になったらさっさとずらかる。それが長生きする秘訣だ」
 見積もりの金額のさじ加減がわからなかったので助けを求めたとき、初めてお目にかかったのが例のコインである。
「仕入れ値にいくらくらい下駄をはかせるか。こいつはわが社の売り上げに直結する重要なファクターだ。安すぎれば利益が薄くなるし、高すぎれば受注が遠のく」懐からなにかを取り出した。
「桐谷さん、それなんですか」
「俺のお守りさ」ウインクが気持ち悪い。「さっきの話だけど、俺に言わせりゃ利益が薄かろうが受注が遠のこうが、そんなもんはどっちだっていいんだよ。だって俺の金になるわけじゃないんだから」コイントス。「裏。じゃ、Bプランの金額でいこうや」
 これでいつもなんとかなってしまうのだから、ビジネスシーンというのは案外いい加減なものらしい。
 迷ったらなんでもコイントスで決めてしまう会社の鼻つまみ者。怠惰で陽気で、それでも仕事ができないわけじゃない三十路間近の楽天主義者。
 わたしはいつしか彼に惹かれているのを、しぶしぶながら認めた。
 そして屈辱の日に、その幻想は木端みじんに打ち砕かれた。

     *     *     *

「佐伯さん、ちょっといいかな」
 先輩を徹頭徹尾無視し始めて三日め、退社するところを木下さんに呼び止められた。
「最近あいつとなにかあったのかい」聞きにくそうに、「その、あんなに仲よさそうだったのにと思って」
「なんでもないです」木下さんは先輩の同僚だ。彼の差し金だとしたら余計に腹が立つ。「ほっといてください」
「なにがあったのかぼくは知らないし、あいつに頼まれたわけでもないんだけどさ。たぶん佐伯さんが誤解してると思ってね」
 振り切って帰るのは話を聞いたあとでもよいだろう。「誤解?」
「たぶんあいつのコイントスにうんざりしたんだとぼくは睨んでるんだけど、ちがう?」
「まあ、そうなりますね」
「むかし上司からも注意されたことがあったんだよ。業務をギャンブルみたいに決めるなってね。そしたらあいつ、悪びれもせずに二枚のコインを持っててさ。それぞれ両表と両裏のコイン」
「……どういうことなんですか」
「本人いわく、『ギャンブラーっぽくてかっこいいだろ』。そういうとこは阿呆なんだけど、決して仕事を適当にこなしてるわけじゃないんだ。だから――」
 わたしは駆け出した。会社に戻って先輩を捕まえる。「話があります」
「お前、帰ったんじゃなかったのか?」
「いいから」給湯室まで引っ張っていく。扉を閉めて密室を作った。「あのとき投げたコイン、見せてください」
 彼は渋っている。「見せてください!」
「わかったよ、大声出すなって」懐をまさぐる。「ほらよ」
 それはやっぱり両表のコインだった。
「いい歳した大人が中学生みたいに恥ずかしがったんだ、笑えよ」
「笑いません。でも今度は桐谷さんの声で返事してほしいな」
 一瞬懐に手が伸びたが、すぐに戻した。「好きだよ佐伯。文句あるか!」


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