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選ぶのは?

17/11/18 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 スイカ 閲覧数:105

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 男は敬虔な信者だった。孤児として教会に拾われ、働ける年齢になると当たり前のように教会の仕事に携わっていた。
 なんの疑問を持つこともなく、そうなるのが当たり前のことだとばかりに、彼は教会で生き日々を過ごしていた。別段、その生活に不満や疑問を持ったことはなかった。少なくともつい最近までは。
「幸せそう、だったな」
 自室で書類に目を落としながら、彼は思わずそんな言葉を吐き出していた。今日中に片付けなければいけない書類だというのに先程から一切作業が進んでいない。紙面の文字は目から滑り落ち、一向に頭に入ってこない。こんなことは初めてだった。
 原因は分かっている。数日前に偶然出会った親子。それが彼の心を乱しているのだ。教会で暮らし、教会で生き、教会で死んでいく。神に人生の全てを捧げる。だからこそ、自分は、人は、幸せでいられる。
普段意識こそしていなかったが、彼は常々そう考えていた。そんな彼にとってあの親子との出会いは、大きな衝撃だった。
 これといって特徴のある親子ではなかったはずだ。特別容姿が良い訳でも、裕福そうにも見えなかった。ただ、その親子は常に笑顔で、とても明るく、幸せに満ち溢れて見えた。
 さぞや信仰が厚いのだろうと考えていた彼だったが、人伝てに聞いた話では親子は神を信仰してはいなかった。まさか、とは思ったが何度聞いてみてもその事実は変わらなかった。
信仰心を持たない彼らがどうして教会を訪れたのかは分からない。ただの気まぐれだったのかもしれないし、友人に誘われたのかもしれない。少なくともこの教会を訪れた時点では親子は信者ではなかったし、神を信じる心も持ち合わせてはいなかったのだ。
神に仕えていなくても、教会で暮らしていなくても、人はあんなにも愛に満ち、幸せを手に入れることが出来るものなのか。
そう考えた時、彼は考えてはいけないことを考えてしまっていた。自分は本当に幸せなのだろうか? 彼らのように誰の目から見ても幸せに溢れているのだろうか?
今まで一度たりとも考えたことのなかった疑問が頭の中で激しく渦巻く。もし、もしも、教会以外で暮らす道を選んだら? 自分も彼らのように笑えるのだろうか? 答えの出ない問題に、彼はただただ頭を抱えた。
「……いや。いや、ダメだ。私は神に仕える身。自分の幸せを追い求めるなんて間違っている」
 口に出し否定するものの、彼の心は大きく傾いていた。迷いを振り払うべく頭に入らない書類へと必死に意識を向ける。そんな不毛な作業に挑むうちに、気付けば窓の外に朝日が昇っていた。
「届け物ですか?」
「ええ。申し訳ないのだけれど、隣町の教会までお願いできるかしら。急いで届けて欲しいものなの」
 正直、気乗りしない仕事ではあった。彼は普段から教会の外に出ることが殆どない。生活の殆どが教会の中で事足りるからだ。
 だからこそ、今は外に出るのが嫌だった。外に出た途端、あの親子のように幸せに満ちた人間で世界が溢れていたら。そんな現実を見せつけられたら。言いようのない不安が彼の心を蝕んでいく。
 それでも仕事は仕事だ。嫌だからといって断る訳にはいかない。彼は観念して上着を羽織ると、浮か無い足取りで街へと繰り出した。
 しかし、そんな不安がただの杞憂でしかなかったことを彼はすぐに知ることとなる。街の喧騒に包まれながら、彼は心なしか満足気な笑みを浮かべていた。
――なんだ。やっぱりあの親子が特別なだけじゃないか。
 街を行く人々は誰も彼もが不健康な顔をし、不機嫌そうな雰囲気を周囲に発散している。どう贔屓目に見ても幸せそうには見えない。
「ははは、結局私は考え過ぎていたんだ。あの親子が幸せそうに見えたのも、何かの勘違いだったのかもしれない。神に仕えていない人間が、幸せになるなんて無理に……」
 そこまで言ったところで、彼は口を開けたまま身体を膠着させた。稲妻が落ちたような衝撃が彼の心を痙攣させ、指先一つ動かすことが出来なかった。
 だというのに、両の目だけは驚くほど俊敏に目の前を通り過ぎた一人の女性を捉えていた。今まで目にしたことのない完璧な美女がそこにはいた。
「…………」
 彼には目もくれずに人並みに消えていく美女。どれくらいそうしていただろうか。彼はゆっくりと全身を弛緩させながら息を吐き出した。
そして、どこか吹っ切れた顔で大きく頷くと、
「決めた。私は神に仕える」
 決意のこもった声ではっきりと宣言し、彼は先程の美女の姿を探し始めた。
「さて、女神はどこに行っただろう?」


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