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水谷暁さん

おじさんです。

性別 男性
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校長の仕事術

17/11/17 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 水谷暁 閲覧数:172

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「つぎは教職員による『借り人競争』です」
 中学校のグラウンドに運動会のプログラムの放送が響いた。学級担任の教師たちが、スタート地点にトレーニングウェア姿でスタンバイしていた。
「位置について、用意……」
 バンッ! とPTA会長がピストルを鳴らし、いっせいに教師たちが駆け出す。コース上に置かれた封筒の中に、観客の中から借りてくるべき人の条件≠ェ記された紙片が入っている。借り物°」争の人版≠ナある。
 若くて俊敏な数学教師の井山和馬が、居並ぶ教師を尻目に真っ先に封筒を手にした。指示に目を走らせ、しばしその場に固まってしまった。背後から他の教師が迫ってくる。井山は意を決したように「救護班」のテントに向かうと、二六歳の養護の女職員、須藤久美の前に立った。久美が驚いたように目をみはる。井山は愛の告白でもするような思い詰めた表情になっていた。久美の目の前に指示の書かれた紙片を掲げ、ためらいがちな久美の手を取って一目散にゴールを目指した――。

「……校長、あれは見せ場でした」
 バーのカウンターで教頭の山田透と校長の斉藤肇が、ウイスキーの水割りを飲んでいた。
 山田は、教職三〇年のベテラン、対して斉藤は、山田教頭より二歳年上だが、県知事の目玉施策である校長の一般公募に応じて、民間企業の部長から転職した教職未経験者であった。運動会あとの打ち上げが終わり、山田教頭が誘って、二人で二次会になったのだ。山田はかなり酔って饒舌になっていた。
「二人手をつないでゴールしたときには息を呑みました」
 ゴール後、借り人≠ェ指示に合致しているかチェックされる。山田はそのときのことを思い出しながら話を続けた。
「……『元カノ』とありました。誰があんな条件を考えたのか……。競技担当の職員は、皆しらばっくれてましたが……」山田は水割りのグラスを傾けた。「しかも井山先生にその封筒があたるとはね……」
 井山和馬と須藤久美の仲≠ヘ学校内に知れ渡っていた。ある生徒の保護者が、旅行先で二人が一緒にいるのを目撃したことを契機にしている。しかし交際が公になったことが災いしてか、最近、二人の関係がぎくしゃくしはじめ、今度は破局の噂が広まりはじめていた。
「井山先生、迷わず……いやちょっとは迷ったか、須藤先生の手を引いていきました」
「そうですね。でも、自分の元カノを連れてくる必要はなかったと思いますけどね」
 斉藤校長は口元をゆるめて言った。
「紙には『元カノ』と書いてありましたけれど、『自分の』とは書いてなかった。そうでしょ?」
「まあ、そうですが、教師には当然、正直な人が多いですから……」
「そうなんですねえ」斉藤は妙に関心したようすでうなずく。「すでに結婚している女性であれば、誰でも『元カノ』ということにしてしまえばよかったんだろうけど……」
「と、おっしゃいますと?」
「既婚女性は結婚前には『カノジョ』であった経験はあるわけです。そこに考えが及べば、須藤先生を引っ張り出す必要はなかった」
「理屈ですな」山田は酔眼で斉藤をにらみつけた。「教師はみな、まじめなんです。民間会社では、そういう屁理屈で商売をなさっておられたのかもしれませんがね。――マスター、お代わり」
 山田は気色ばんで、水割りの追加を注文した。教職経験のない斉藤に校長が務まるのか、山田は疑っていた。あえて二人の席を設けたのも、何か意見でもしてやろうという思惑あってのことだった。
「おっしゃるとおり、みなさんまじめです。井山先生は特にそうですね。まじめだから、素直に『元カノ』の須藤さんのもとに行ったと言える」
「そうです」
 山田は水割りをぐいとあおった。
「須藤さんもまじめだ。『元カノ』と書かれた紙を見せられたら、指示に従わなければいけないと思い詰めたらしい」
「何度も言いますが、我が校の教師は、みなまじめなんです」
「おっしゃるとおり。ただ、まじめすぎるのもどうですか」
「何をおっしゃりたいんです」
「ときには開き直りと言いますか、野球にたとえると直球だけでなく癖玉も必要と言いますか……。まじめな二人がお忍び旅行を見つかって、噂になったのを気に病んで、距離ができてしまったらしいが、借り人競争≠フあとは、元の鞘に収まりそうな気配がありました」
 山田は黙って聴いていた。
「井山先生、迷いもあったが、まじめが故の開き直りが功を奏するかもしれませんね」
「ほう、そうですか。結果オーライですか」
 山田はグラスを口に運んだ。
「校長!」
 思わず大声を上げてしまった。
「借り人競争=A校長が仕組んだんですか」
「えっ? 人聞きが悪いですね」
 斉藤はとぼけ顔で笑った。
(人心の掌握には長けているのか……)
 しばらく校長の評価を棚上げすべきか、と山田は酔った頭で考え始めていた。


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