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瀧 千咲さん

瀧千咲と申します。 小説を書き始めたばかりで、分からないところも多いのですがよろしくお願いします。 ライトノベルからミステリ、恋愛小説まで幅広く読みます。

性別 女性
将来の夢 将来は中学校の先生を目指しています。
座右の銘 弱気は最大の敵

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「あなたの後悔は何ですか」

17/11/15 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 瀧 千咲 閲覧数:286

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「ずっと、悩んでいたの。あなたたちには迷惑をかけると思うけれど、私はもうここにはいられない。あなたの妻でも、この子の母でもなく、私は私として生きていきたいの」
そういって、私の母は家を出て行ったらしい。らしい、というのも当時五歳の私は、ある日突然母がいなくなった悲しみしか覚えていないのだ。
「お母さんは病気で、病院にいるんだよ。なっちゃんに病気がうつるといけないから、しばらくお母さんはなっちゃんに会えないんだ」
父は、母がいなくなった理由をそう私に説明した。それは、十五年近く父がつき続けた嘘だった。私が大学を卒業したときはじめて父から真相を聞いたのだ。正直、母が病気でないことは中学に上がることには薄々感づいていたから特に驚くことはなかった。母親が夫と幼い子どもを残して家を出ていくことくらい、この世の中ではひどくありふれたものだろう。ただ、私や父よりも自分の人生を選んだ母を、私は心のどこかで軽蔑し憎んでいた。
そして私は、老いた父を一人、四国の田舎に残して上京したのだった。私は、東京で小さな出版社の小さな雑誌の契約ライターとして働き始めた。働き始めて数年間は、とにかく無我夢中で働いた。徐々に仕事ぶりを認められて、入社して五年目で小さな連載記事を任せられるようになった。記事のテーマは「私の後悔」。様々な人の様々な後悔をインタビュー形式で連載するものだった。
「あなたの後悔は何ですか」
インタビューは毎回、お決まりの質問で始まる。初恋の人に告白しておけばよかったという小さなものから、夫婦喧嘩で家を飛び出し交通事故で急逝した妻に対する後悔など、種類も重さも人それぞれだった。

「私の後悔は、出家した時に家に置いてきた家族です」
 今回のインタビュアーは、五十代の主婦だった。彼女は、若いころにとある宗教団体へ出家している。現在は退会しており、元信者の男性と内縁関係にある。
「出家したことに対する後悔はないのですか」
「ありません。今は退会いたしましたが、あの時の私を救ってくれたのは天心会です」
 彼女は、私の目をまっすぐ見て答えた。
「なぜ出家されたのですか」
 その質問に彼女は少しためらい、おずおずと話し出した。あまり、おしゃべりな方ではないのだろう。世間知らずの箱入り娘がそのまま年を取ったような印象を受ける。
「特に、何に悩んでいたというほどではありません。しかし、私の人生これでいいのかという漠然とした不安は常にいただいておりました。箱入り娘として育てられ、腰かけで企業に就職し、結婚して専業主婦になり気づけば子どもが生まれていました。夫は稼ぎがありましたので、私が働かなくても新築の家で毎月ローンを返していきながら、私と娘を養うことができました」
「誰もが羨む生活ですね」
「はい、恵まれた生活をしていたと思っております。しかし、恵まれているがゆえに私は私の存在意義が分からなくなっていったのです。誰かに必要とされていたい。そう思っていた矢先に、天心会に出会いました。ここには、私を必要としてくれる人がいる、私も誰かの役に立てるのだと、嬉しくなりました」
「出家されるときに、迷いはありませんでしたか」
「もちろんございました。ずっと悩んでおりましたが、私は夫や子どものためではなく、自分のために生きたいと思い、ある日家族に出家を告げました」
 自分のため、自分の人生、私らしく生きる、綺麗な言葉で着飾っても家族を捨てた事実は変わりない。
「ご家族は反対されなかったのですか」
「もちろん、大反対でした。物静かな夫が激怒する姿を私はあの時初めて見ました。夫や両親の反対を押し切って、私は夜逃げをするように出家いたしました」
「娘さんには話されなかったのですか」
 大丈夫だろうか、私はいつも通り話せているだろうか。
「娘はまだ小さかったので、何も話しておりません。家族には、特に娘には今でも本当に申し訳なく思っています」
「もしあの時に戻れるとしたら、あなたはもう一度同じ選択をしますか」
のどの奥が変にべたつき、口の中の水分がいつの間にかどこかへ消えていた。
「ええ、そうですね。結局同じ道を選んだと思います。あの時思い切って家を出たからこそ今の私があります。出家することに対しては、迷いはありませんでした」
「あなたは今、幸せですか」
「はい、幸せです」
 彼女は、私の母は、今日一番の笑顔で頷いた。


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