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浅月庵さん

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無人(むびと)

17/11/13 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 浅月庵 閲覧数:246

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 無人は、人の姿をして人に非ず。
 無人は、死の概念を持たず。
 無人は、人の悲鳴を好む。

 ーーこれはまだ日本に、妖の類が蔓延っていた時代のお話。
 孤児である平吉は、同じ境遇の子らと名主の家で“飼われて”おり、今日も朝方から川に水を汲みに出かけていた。

「悲しい話だが。槍助のやつ、妖に喰われて死んだらしいぞ」
 道中を共にする五郎が、平吉に向かって言った。
「本当に妖の仕業なのか?」
「熊ではないぞ。腹の臓物を食い散らかすこともなく、顔面を“齧って”いったんだ」
「……それは紛れもなく妖だな」
「だろう? もしかしたら……無人(むびと)かもしれん」
 その言葉が出るや否や、平吉は途端に激昂した。
「無人がそんなことするわけないだろう!」
「お前が無人に入れ込んでいるのはわかるが、お前は奴のなにを知っているんだ?」
 平吉は少し黙り込んだ後に、口を開いた。
「無人は美しかった。無人はどれだけ傷ついても倒れなかった。無人は昔ーーおらを助けてくれた」
「ははっ、無人は人間の悲鳴が好物なんだぞ。人を怖がらせることはあっても、命を救うなんてことは」
「在る。現におらの命はまだ、ここに在る」
 平吉はそう言い捨て、歩幅を広げた。
 すると平吉は、先に出発していた矢七が、大木の下で項垂れるように座っているのを見つけた。
 
 平吉は彼が疲れて休憩しているのだと思い駆け寄ると、肩を叩いた。
 だが、矢七はその衝撃で木に預けていた上半身を滑らせ、そこに寝転がってしまったのだ。

 ーーそして平吉は思わず、その矢七の顔を見て、腰を抜かしてしまう。

「おい、平吉! どうしたんだ」
 異変に気がついた五郎が叫んだ。
「あああああああ、顔が、顔がぁ!!」

 そこには矢七の屈託ない笑顔は残されておらず、鈍刀で雑にくり抜かれたような、赤黒い穴が空いているのであった。
「まずいぞ。槍助を殺した妖と、同じ奴に違いない」
 五郎は平吉を抱き起こし、腰に忍ばせていた護身用の小刀を取り出した。

「あああ、誰かっ! 誰か助けて、無人!!」
「おい、平吉。あまり騒ぐな! 無人の奴が本当にきちま……」

 そう五郎が言いかけた途端、“ばぐっ”と鈍い音が鳴り、彼の顔面は土を掬い取るように齧られていった。
「うわぁぁあああ、五郎!」
 五郎の血飛沫を存分に浴びる平吉の頭上には、村の屈強な男三人分ほどの大きさをした鯰のような妖が、一つ目をぎょろぎょろさせて宙を旋回していた。

 このままではおらも喰われてしまうと、平吉は己の死を予感していた。
 だが、それでも平吉は喉を枯らすことをやめようとはしなかった。一縷の望みにかけ、彼は何度も何度も無人の名を呼んだ。助けを請うように努めた。

 ーーすると、突然平吉の頭を小突く者が、どこからともなく現れたのだ。
「おい、小僧! もう満腹じゃ。黙れ!!」
 幽霊のように白い肌、男女とも見分けがつかぬ端正な顔立ち、枯れ葉を踏み潰すかのような、不可思議な声色。それは幼き頃に一度命を救ってもらった、紛れもない無人だった。
「無人!」
「あ」
 平吉がその名を呼んだ瞬間、いとも容易く無人の顔面は、鯰の妖に齧られてしまった。
「ああああああああ!!」
 だが、無人の顔に空いた穴は一瞬にして盛り上がり、元あった型へと容易に形成された。
「だからもう腹が苦しいと言っておるんじゃ! 黙れ黙れ!!」
「あぁ、黙るぞ。黙る代わりに、あの妖を殺してくれ! そうでなければ、おらはお前の鼓膜が破れるまで騒ぎ続ける!!」
 平吉がそう息巻くと、無人は溜息を吐いた。
「この儂に交換条件を申し出るとは、生意気な餓鬼だ」
 無人は平吉を一瞥すると飛び上がり、妖の腹部に右腕を突っ込んだ。空中で震える妖をそのまま無人は地上へ引き摺り降ろすと、洗濯でもするように腹へ手刀を突き刺し続けた。粘着質な音が周囲に響き渡り、この時ばかりは血によって己の視界が曖昧であることを、純平は幸運に思った。

 事は終わったーー。
 無人は平吉にも、息絶えた妖にも興味を示さず背を向けた。
「無人、ありがとう……。助かった」
「儂は人間の悲鳴を喰ろうて生きておる。だが、ここまで形振りまわず絶叫する奴は初めて見たぞ」
「……初めてではない」
「あ?」
「無人はあの日も、親に捨てられて泣き叫ぶおらを、助けてくれた」
 平吉は頭を垂れるも、無人は「知らん」とだけ言い残すのみで、その身を眩ませてしまった。

 平吉は血に塗れた顔を手で拭うと、妖の腹部から漏れ出ている“それら”に目をやる。そのなかには見慣れたものも幾つかあるので、平吉はとうとう涙を堪えることができなかった。

 ーー妖に齧り取られてしまった、皆々の顔。
 それらは悲鳴や助けの声もあげることも叶わず、ただ黙って平吉を見つめていた。


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このストーリーに関するコメント

17/11/19 文月めぐ

『無人』拝読いたしました。
ホラーは苦手ですが、先が気になって最後まで読まずにはいられない作品でした。
不思議な存在の「無人」ですが、昔の日本にはそのような存在がいたのかもしれませんね。

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