和倉幸配さん

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金魚

17/11/12 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:0件 和倉幸配 閲覧数:55

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 仕事休みの日、切らしたごみ袋を買いに行ったホームセンターの片隅に、金魚を販売するコーナーがあった。
 私は特に金魚が好きな訳ではないが、冬空のような鈍色の日常にささやかな彩りを添えてみたくなり、真っ赤な金魚を一匹買って帰った。

 家に帰ると、妻はソファで横になっていた。眠っているわけではない。目を開けてはいるのだが、私が部屋に入っても、何の反応も示さない。それがいつもの光景になり、この頃では私もすっかり慣れてしまった。
 やかんから生ぬるい麦茶をコップに注ぎ、一息に飲みほしたところで、家に水槽がないことに思い当たった。何とも間抜けなことだ。
 何かないかと庭の物置を探してみると、古い金魚鉢があった。そういえば、息子がまだ小さかった頃、縁日の金魚すくいで捕った金魚を持ち帰り、この鉢でしばらく飼った記憶がある。
 庭で適当な小石をいくつか拾い、金魚鉢の底に並べて、蛇口から水を注いだ。そして、その中に金魚を入れた。真っ赤な金魚は、すぐさま所狭しと泳ぎ出した。まるで活発な子どものように。私はソファに横たわる妻に目を遣り、小さくため息をついた。

 毎朝、勤めに出る前に、食パンとコーヒーだけの朝食を済ませると、金魚に「おはよう」と話しかける。勤めを終えて家に帰ると、コンビニの袋をテーブルに置き、夕飯の前に金魚に餌をやる。それが私の日課になった。
 しばらくの間、私にとってその金魚は、まるで荒れ果てた大地に芽生えた、小さな若木のようだった。やがて救いの実をつけるのかはわからない、不確かな存在だったとしても。

 だが、人の心とは勝手なものだ。いつからか私は、金魚のことを少し疎ましく感じるようになった。理由はよくわからない。自分だけの小さな世界で生きる金魚に嫉妬したのだろうか。私は金魚への愛着を失い、かつてのようなモノクロの世界へと自ら戻っていった。

 私が金魚の存在を完全に無視するようになってから、しばらくたったある日のこと。
 ふと気が付くと、金魚鉢の中で、真っ赤な金魚が水面に浮かんでいた。動いていない。ずっと餌も与えていなかったのだから、当然といえば当然のことだ。
 金魚は自分の力で餌をさがすことはできない。金魚鉢から出ることさえもできない。自分だけの小さな世界の中でしか生きられないのだ。
 私は金魚を庭に埋めた。惜別の感情は湧いてこなかった。

 ある日、いつものように弁当とお茶を載せたお盆を持って二階に上がり、ドアの前に立った。私の姿が見える間は、ドアは決して開くことがない。中からは何やら電子音のようなものがずっと聞こえている。
 私はお盆を廊下に置こうとした。その時、突然あの金魚のことを思い出して、その手を止めた。
 自分だけの小さな世界の中でしか生きられない。そうだ、あの金魚と同じだ……。
 私は踵を返し、振り返ることなく階段を下りた。

 ある日、私は庭に穴を掘っていた。埋めるなら、あの金魚の隣が良いだろう。
 やはり、惜別の感情は湧いてこなかった。


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