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本宮晃樹さん

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風変わりな植民

17/11/12 コンテスト(テーマ):第117回 【自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:55

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 人びとが降った日、火星開拓チームの朝はなんの変哲もなく始まった。
 与圧ドームの寝棚から各自が不承不承這い出し、機能一点張りの糖分の塊を朝食代わりにすすり、宇宙服を着込み、酸化鉄に支配された不毛の大地に踏み出す。気苦労は多いけれども充実した一日になると誰もが確信する、そんな平凡な朝。
 むろん、そうはならなかった。その日は中国人が考えられる限りもっともエキセントリックな方法で、火星に植民地を築いたのである。それもたったの一日で。
「おい、ありゃなんだ」最初に気づいたのはリーダーだった。全員に無線で話しかける。「俺はとうとう気がちがったらしい」
「なにがってなにが」農夫は首の凝りをほぐしている。彼は温室で育てているじゃがいものことで頭がいっぱいだった。
「あれだよ、あれ」
「代名詞ばっかりじゃあねえ」都市計画担当の女性はからかうように、「リーダーも耄碌しましたね」
「頼む、空を見てくれないか、みんな」
 みんなはそうした。なにも見えない。
「いったいなんだってんです」と最年少の生物学者。火星に微生物がいると盲信するあまり、現地にまできてしまった狂信者である。「いつもの陰気な紫色の空ですよ」
「望遠モードにしてみろ」
 みんなはそうした。なにも――いや、見えた。はるか上空、フォボスとダイモスが忙しく横切っていく軌道の隙間を縫うように、無数の豆粒がきらりと光った(あとで中国政府の公式発表により判明したのだが、その数は五百四十個にものぼった)。
 あれはいったいなんだ? 
「どうもよくわからんな。じゃがいもでないことには賭けてもいいが」農夫はくすくす笑っている。「ま、もしそうならポテトサラダをいやってほど食べられるんだがね、味気ないゼリーの代わりに」
 都市計画担当は農夫にとりあわず、「どんどん大きくなってる。あれがなんであるにせよ、降下してますよ」
「火星人の侵略兵器ですかね」生物学者は露ほどもそうは思っていないようすだ。「ずっと隠れてて、満を持して母星を無断で這い回るエイリアンに宣戦布告したとか」
 そのとき、全員が突如出所不明のメッセージを受信した。その内容は次の通りである(蛇足になるが、火星に駐屯する国がほとんど西洋先進国であるのを鑑みてか、非の打ちどころのない英語だった)。
「われわれ中華人民共和国はただいまをもって、正式に火星へ入植する。彼らが生き延びるか朽ち果てるかは、ひとえにあなたがたの良心にかかっている。われわれのとった方法には賛否両論あるだろうが、あなたがたには誠実な対応をしていただけるものと信じる」
 通信は終わった。
 豆粒はすでに豆粒でなくなっていた。それは軌道降下ユニットだった。

     *     *     *

 火星への大規模植民は少なくとも正攻法をとる限り、事実上不可能であると中国首脳部はしぶしぶ認めた。
 むろんごく少数のメンバーは各国に負けじと送り込んではある。だが連中が産めよ増やせよの精神でもって生殖に励んだところで、偉大なる中国人が火星に満ちるには何世紀もかかるであろう。
 もっと人間を飛ばしたいのは山々だが、ホーマン軌道でも二年以上かかる航路に生きた人間を乗せていくのは想像以上の難事業になる。冷凍睡眠はむろん試された。できあがったのは細胞内の水分が凍ってずたずたになった、内出血まみれの死体が三ダースほど(実験の志願者はまともな食い扶持のない奥地の農民たちだった)。
 よろしい。分化したあとの成人がだめなら、その前なら文句はあるまい。
 真っ先に目をつけられたのは孵化機である。これは多能性幹細胞から分化誘導した子宮に栄養補給ユニットを組みつけたハイブリット装置であり、女性に代わって受精卵を外部で育ててくれる便利なしろものだ。
 孵化機のおかげで真の男女平等が訪れたのは特筆に値する。育児休暇、寿退社、おめでた退社。二十一世紀も後半戦になるというのに、いつまでも女性の総合職採用を手控える企業がなくならないなか、孵化機がそうした懸念を一掃したのである。女性は妊娠なんかではもう辞めないし、辞める理由もなくなったのだから。
 さてこれにて大規模植民のお膳立てが整った。
 まずは地球低軌道で火星いきの母船を組み立てる。困難だがやってのけられない事業ではない。材料は国連で共同所有している小惑星からいくらでも炭素が採掘できるのだ。
 次に受精卵を宿した孵化機を搭載したロケット「長征」を打ち上げられるだけ打ち上げる。受精卵の生物学的な両親は、中国政府独自の見解によって厳選されていたが、ここでは上級の共産党員のそれが平均をはるかに超えて採用されていたとだけ、付言しておこう。
 最後に火星いきの母船〈タオ〉にそれらを積み込み、国連には食料物資のボランティア輸送であるとかなんとか言って、発進させる。片道およそ二年ほどかかるのはむしろ好都合で、一年と三か月ほど経ったあたりで遅発的に受精卵を発生させれば、ちょうど火星に着いたあたりで胎児が一丁上がっているという寸法だ。
 孵化機は超小型の降下ロケットに包まれており、それらはいっせいに火星軌道上からばらまかれたのである。
 いっぽう、火星には各国から派遣された開拓チームがあちこちに点在していた。
 これは養父母を現地調達できることを意味する。

     *     *     *

「まったく腹立たしいくらい見事なやりかただった」
 若いころ火星開拓チームとしてかの地に飛んだリーダーも、すっかり歳を取った。彼はいま、何十年ぶりかで故郷へ戻ってきたのだった。予想に反して詰めかけた報道陣はごくわずかだった。
「赤ん坊を降下ロケットで五百人も送り込む。で、あとは人任せときた」
 老人はロケットからようよう這い出しながら、息をあえがせている。長いこと三分の一の重力に慣れていた代償は大きいようだ。
「もちろんわれわれ先発隊は無視することだってできた。だが考えてもみろ。あの気ちがい沙汰を思いついた共産党員は万死に値するけれども、赤ん坊に罪はない。そうじゃないかね」
 立ち上がって威厳を見せつけたものの、がっくりと膝をつく。いまや地球は懐かしい母星なんかではない。強大な重力でリーダーを蹂躙する敵意丸出しの異星なのだ。
「中国人からすれば人命ほど軽いものはない。だから仮に赤ん坊全部が放っておかれたってやつらは気にもしなかっただろうな。でもわれわれはちがう。人命ほど重いものはないと考える。連中はそこまで読んでたのさ」
 彼はヘルメットを脱いだ。しわだらけの老いた男。まるで苦労そのものが刻まれたかのようだ。
「いまや火星は九分九厘が中華系だ。われわれは中華思想を侮ってたんだな。連中は本気で自分たちが世界一だと思ってるし、世界一の民族は世に満ちるべきだと盲信してる。でなきゃあんなまね、できるはずがない。ちがうかね」
 老人は空を睨みつけた。カメラがズームして、その表情を逃すまいと接写する。
「国をまたいで商売してる中国人を華僑と言うんだっけか。さしずめあいつらは」震える手で火星が昇るほうを指さして、悔しそうに笑った。「〈火僑〉ってところかね」


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