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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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有能性エンジン

17/11/11 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:156

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 ◇ 
 人生には幾つもの分岐点があって、それらすべてに正解することは、幾層にもパテの重なったハンバーガーを崩さず食べるくらい難しいことだ。

 それなら俺は、俺の遺伝子に搭載されているエンジンに従って生きると決めていた。簡単に言えば“本能”ってやつだな。二つ三つ岐路があったのなら、一番魂が震えた方にアクセルを踏む。そのまま進んでどうにも取り戻せないミスを犯したことは、ラッキーなことながら一度だってなかった。

 ーーあの時までは。

 ◇
 天を見上げると俺の眼前には、木々に遮られてできた握り拳一つ分ほどの隙間から、青空が見えるのみだった。そこから漏れ出す光で、どうにか周囲の環境は視認できた。

 俺はイヤホンを耳に差し、小型の音楽端末でラジオを聴く。なぜかこんな山奥だというのに、ばっちりチューニングが合っていることが憎らしかった。携帯の充電さえ切れていなければ、助けを呼べたかもしれないのに。

 “四日ほど前からレスキュー隊が、機体が墜落したと思われる現場を捜索していますが……生存者の発見は絶望的かと思われます”

 飛行機事故だった。
 山奥に突っ込んだ機体は、一瞬にして数百人もの命を奪った。そのなかで奇跡的に生き残っていた俺は、地獄のような機内で何度も叫んだ。だけど、その呼びかけに応じる者は一人もいなかった。

 血と油の匂いでむせ返りそうになりながらも、俺は備品を抱えられるだけ鞄に詰め込み、脱出用のスロープから外へ抜け出た。いつ爆発するかわからない機内に留まることが、単純に恐ろしかったんだ。あとは、生命の予感をまるで覚えさせないこの空間に残っていれば、その内俺の精神状態が保たなくなる可能性もあった。

「ボブ、あなたは一度決めたらなにを言われても、自分を曲げないこと知っているわ」
 俺がキャリアアップのために、別国に転勤したいと妻に告げると、彼女はそう言った。
「理解が深くて助かる。さすが俺のワイフだ」
「愛する我が子を置いて、迷うそぶりもなくフライハイだなんて……あんたやっぱりイかれてるわ」
 年頃の娘は、俺が突飛な行動を思いつく度に文句をつけてきた。
「悪いな。だけどどうしても、もっと仕事で成功したいんだ」
「最低限、悩んだり迷ってる“フリ”さえすれば、ママと私の心証だって変わるのに。本当パパって、馬鹿正直っていうか、ある意味真っ直ぐっていうか」
「今まで本能で生きてきたからな。今更俺が俺を変えたら、全部ウソになっちまう」
 俺の言葉に娘は、観念したように笑った。
「気をつけて行ってきてね。困ったことがあったら、相談して」
 それでもいつも彼女は、俺の背中を優しく押してくれるのだった。

 ◇
 そして俺は、山中を彷徨っている間に、大雨などの地形変化による自然の悪戯で形成された、深い穴のなかへ滑り落ちてしまう。案外穴のなかは人ひとりが横になるほどのスペースはあったのだが……一人でよじ登り、地上に戻ることは不可能な高さだった。

 ーー今まで俺は、自分の人生が木っ端微塵でダメになる選択肢なんて、この世に存在しないと思っていた。馬鹿だった。俺は俺の独り善がりな人生観にだけ目を向けるのではなく、妻や娘のことを思い、地元に留まるべきだったのだ。それか、せめてあそこでもう少し迷って、飛行機の便を遅らせていたのなら、こんな結果にはならなかったのかもしれない。幾ら反省しても、人生のチャプター選び直しは一切利かないのだ。

 食料も体力も少なくなり、意識も朦朧としてくる。俺は一人きり、誰に見つかることのない永遠の孤独を予感していた。

 だが、突然聞き慣れた声が俺の鼓膜を震わせる。
「パパー! ねぇ、返事してよ!!」
 死の際の幻聴だろうか。だが、その声はどんどん大きくなる。
「ここだ! ここにいるぞ!!」
 ついに俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか。だけど俺にはその声が、紛れもなく娘のものにしか聞こえなかったのだ。

 すると、途端に俺の腹の上にひと一人分の体重がのしかかり、思わず踏み潰されたフロッグみたいな声をあげる。
「良かった! やっぱりパパ生きてたんだね」
 その正体は娘だった。
「お前、どうやってここに」
「ニュースで生存者は一人もいないなんて言ってたけど。どうしても私にはパパが死んだとは思えなくて、ママと探しに来たんだよ」
「そんな無茶苦茶な……少しは躊躇しろよ」
「いっつもパパ言ってたじゃん。俺は俺のエンジンに従って生きるんだ!って。だから私も、その本能ってやつに頼ってみたんだ」

 俺に似なくていいところを受け継いでしまったか。
 いや、今回ばかりはその皮肉に感謝しなくてはならない。今回だけは。

 ーーそれから俺は娘の体を抱き寄せ、二人で仄暗い穴のなかから助けを呼んだ。絶対生きたいと思ったんだ。


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