1. トップページ
  2. レイラ

田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

投稿済みの作品

0

レイラ

17/11/11 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:61

この作品を評価する

 全ての線は美の線である。一線も描けないのは、ためらったり迷ったりしているからだ。

 誰が言った言葉か忘れた。大きな紙に言葉を書きなぐり壁に貼り、創作の支えにしてきた。今はその言葉さえ虚しい。自分は何を描きたいのか、どういう手法で何を表現したいのかわからない。
 涼子の実力で、油絵で食べていくのは難しい。注目された時期もあったが、人々の心に長く残らなかった。力作と自負した作品が顧みられず、気を抜いて遊びで描いた絵が売れたりした。売れる絵と情熱を注げる絵とは違う。30歳になった今、油絵にこだわらず、商業的な仕事を積極的に営業して、生活を楽にしていく方がいいのかと迷う。純粋に絵を描いていれば幸せだった子供時代が懐かしかった。
 涼子は書かれた文字を読み「そんなことわかってる」と口にしながら、壁の紙をベリベリっと破り剥がした。

 涼子はあり金はたいて旅に出た。行き先はインドだ。インドには国としての強烈な個性を感じた。行って、見て、体験すれば、何かが変わる気がした。
 タージマハール、ガンジス川、アウランガーバード石窟寺院、ブッダガヤ、どこも新鮮だった。市場での値引き交渉、路上での料理、散髪、歯医者、屋台など、街は生活に溢れ、道を歩くだけで刺激的だった。安宿を泊まり歩き、バスと電車で移動する貧乏旅行、持ち金が底をついてきた頃、持ってきたスケッチブックも各地で描いた絵で埋められ、残り数枚となっていた。帰国したら今までと違ったものが描けそうな気がした。

 最後に、涼子は小さな海辺の町に立ち寄り、そこで1週間ほど過ごしてから帰国することにした。客室数3つ、家族経営の小さな民宿に泊まった。その家族は、おばあさん、夫婦、工科大学を目指す高校生の息子、10歳、8歳の小学生の娘たちが二人と、下働きの女の子がいた。一家は質素ながら、息子を大学に行かせようとするだけの意識の高さと、多少の経済力を備えていた。 
 他に客がいなかったこともあり、涼子は家族とともに過ごすことが多かった。
 いつもフルオープンの入り口を入ると、あら造りのテーブルと椅子が2セットある客用のダイニングがあり、そのすぐ横には手押しポンプの井戸があった。涼子は宿の主人に頼まれて、娘たちに英語を教えた。彼女たちは日本人が珍しくもあり、涼子によくなついた。その間、井戸にしゃがみ込んだ下働きの女の子はステンレスの食器をピカピカになるまで磨き、宿の家族の洗濯をしていた。一度彼女に話しかけたとき、娘たちから「彼女に構うな」というようなことを言われた涼子は、彼女を見かけた時には、かすかに笑いかけるだけにした。彼女は色が黒く、細く、ペラペラのワンピースはすすがついてうすよごれていた。貧乏な家から来たのだ。宿の主人に聞くと、名はレイラ、歳は11歳。大変小柄な11歳だった。彼女は宿の家族がいる前では常に無表情で、涼子とも目を合わそうとせず、主人の言いつけに従い、小さな体でがむしゃらに働いていた。

 ある日、一家が親戚の家を訪問するため家を留守にした。娘たちにまとわりつかれることなくゆっくり読書をした後、中庭に向かった。中庭への入り口には木戸があった。木戸を開けて中に入ると、所々に背丈ほどの植物が生えている他、乾いた土地に畑らしいものがある。その奥には牛小屋があり、小屋の屋根に牛の糞が燃料用として干されていた。
 涼子が庭に一歩踏み入れた時、どこからかレイラが走ってきて、涼子の後ろで木戸の鍵をかけた。驚いて振り返った涼子は、レイラが両手を広げているのを見た。通せんぼをしているのかと思った瞬間、レイラが満面の笑顔で飛びついてきた。自然に彼女を抱っこすることになった涼子は、突然のことに驚き、またレイラの軽さに驚いた。
 しかしすぐに「そっかー。遊びたかったんだ。甘えたかったんだ」と、全てを了解して口にした。抱っこされたままギュッと涼子を抱きしめるレイラを、涼子は抱きしめ返した。二人は笑いあった。一緒に屋根の上に登った。屋根の上からは海が見えた。涼子はレイラが牛糞を干したり、牛に餌をやったりするのを見つめ、時々目があうと笑いあった。そして、スケッチブックを取り出し、レイラを描いた。ハシゴを登るレイラ、走る姿、そして満面の笑顔と遠くの海。子供らしさが溢れるレイラを描くのは楽しかった。
 日が傾いてきた頃、レイラがそわそわし始め、表情が固くなってきた。戻る時間だと感じた涼子は、レイラの絵をスケッチブックから外して渡した。彼女は信じられないという顔をしたが、涼子のお腹に手を回し、顔をうずめた。

 帰国してからすぐに、涼子はレイラの笑顔を油絵で描き壁に掛けた。彼女が貧乏を抜け出せないことは事実だ。それでもタフな女性に育つだろうか、その絵を見ながら思うとともに、迷えることもまた幸せなのだと彼女に感謝した。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス