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木野 道々草さん

2017年1月から参加しています。よろしくお願いします。(木野太景から道々草に変更しました)

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デートの後、スプーンと

17/11/06 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:2件 木野 道々草 閲覧数:87

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 この喫茶店には、陳腐なジンクスが囁かれていて、彼はそれを使った悪戯を思いついた。ここでデートをすると別れるらしいね、だから今日はここを選んだんだ、と言って彼女を驚かす、すかさずジョークだよと言って頬にキスして笑わせようと考えた。二人とも二十歳になったばかりの、若い恋人同士だった。

 だがそんな悪ふざけをする前に、二人の間では会話が成り立たなくなっていた。

「もう一つ、何かデザートを頼もうか」
 そう言って彼が微笑むと、彼女は押し黙ったまま視線を落とした。彼も追って視線の先を見た。皿の上に丸い器が乗って、傍らに、スプーンが腹を天井に向けて倒れ込んでいる。そのスプーンは、硬いキャラメルの層を割って、下のなめらかなクリームをすくい、彼女の口の中へと運んだ。器が空になるまで何往復もした。だから疲れたのだろう、そうだ疲れた、僕も疲れたと彼は思った。そして頬杖をつき、目を伏せた。

 ――もはやジョークとして笑えなくなったことに、笑うしかない

 彼は口端をあげた。彼女は腕時計を見た。
「わたし、もう行かないと」
「うん、行ったらいいよ」
 彼女は椅子から腰を上げ、ようやく彼の顔を見て言った。
「ね、ここの会計だけど」
「次の予定に遅れたら困るよ、行きなよ」
 彼はニコッと短く笑顔を見せると、すぐに顔も体も向きを変え、向こうにいる店員を呼んだ。彼の視界には、すでに彼女はいなかった。かわりに女性店員が近づいてきた。
「クレームブリュレをもう二人分、お願いします」
「えっと、おふたつですね。お飲み物は」
「飲み物は……すみません、二つは間違いです。一つにしてください」
「かしこまりました。では、クレームブリュレをおひとつですね」
「あと、コーヒーを一つだけ、お願いします」
 彼が注文を終える前に、彼女の姿は店から消えていた。

 注文した品を持ってきた店員は、下げますね、と言った。しかし彼は、彼女がそこに座っていた記憶までが一気に去ってしまう気がして、今はまだ、彼女の使った皿やコーヒーカップをそのままにしてもらうことにした。

 ――彼女の口にキスはできなかった、でも好きだった

 彼は、コーヒー用のミルクをクレームブリュレの上にかけ、小さなスプーンでコーヒーカップの中を混ぜ始めた。かき混ぜながら、彼女の皿の上をぼんやり眺めた。そしてカップに口をつけるとすぐに置き、額に手を当てた。

 ――僕は今おかしい、コーヒーの味が苦い、キスしてと言われて、できなかった、前からしたいと思っていた、でもできなかった

 彼は、彼女の皿の上のスプーンを見つめた。これまで、彼女がスプーンを使ってデザートを食べる度に、スプーンの先が彼女の唇に触れるのを見る度に、彼は想像してきた。ティラミス、スフレ、パンナコッタ、チョコレートパフェ。スプーンは運び、彼は想像した。彼女の唇にキスし、キスされることを想像してみた。そして全く嫌悪感がなかった。他の女性にされて嫌なことが、彼女なら嫌ではないと思えた。

 ――せめて二人だけの時に言ってほしかった

 彼はそろそろ席を立つことにした。先ほどから、近くのテーブルに座る男女の会話が耳に入ってくるからだった。

「スプーンを二つ重ねた姿が――」
 女性の声がした。
「――後ろから抱きしめて、同じ向きで寝る人たちの姿に似ているでしょう」
「うん、まあそうかもね」
 男性の声が返事した。
「だから、はい」
「え、どういうこと、何でスプーンを重ねるの」
「この店、デートしたら別れるってジンクスがあるんだって」
「何それ、ごめん知らなかった」
「だから、わたしたちのスプーンをこう重ねてね、わたしたちラブラブです、離れませんっておまじないをしたの」
「そんなおまじないあるだ」
「今、考えた」
「即興かよ」
「イエス」
「エクセレント」
 この二人の間でしか成り立たない会話の後、笑い声がして、椅子を引く音がして、それからぴたりと彼に耳障りな会話が聞こえなくなった。

 ――もし僕がスプーンのおまじないなんてしたら洒落だ。振られた僕を救ってくださいなんて

 彼は、自分の皿に倒れ込んでいるスプーンを持ち上げ、話しかけた。

 ――この世には、スプーンにもすくえないものがある。硬いアイスクリームとか。あれは少し室温で柔らかくしないとだめだ。いくら今すぐ食べたいと人が言ってもだめだ。そういう時は、君が丸くて温厚な性格でも、無理だとはっきり言った方がいい

 彼の右手が動き、スプーンは頷いた。

 ――つまり言いたいことは、全ての人の、全ての期待に応えられることなんてないのだから、君らスプーンは、あの二人が別れてしまっても責任を感じなくていいし、好きな人にキスさえできない僕に同情しなくていい、そうだよな

 スプーンは、もう一度大きく頷いた。


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このストーリーに関するコメント

17/11/07 霜月秋介

木野 道々草さま、拝読しました。

彼女に去られてしまった主人公の未練がひしひしと伝わってきて、少し辛かったです。
確かに冷えきったカチコチのアイスはスプーンですくえないですよね。しかし冷えた二人の絆はすくって欲しかったです。

17/11/08 木野 道々草

霜月秋介さま

投稿後、早速コメントをいただいて感激しています。ありがとうございます。
冷えた二人の絆が何かのきっかけですくわれたら、いいですよね。二人が仲直りする場面まで含めて二千字で構成できるか、そういう話も私が書けるか試してみます。貴重なご意見、ありがとうございました。

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