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小林健三さん

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最初のデート

17/11/06 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 小林健三 閲覧数:68

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 大学に入学して僕は写真部に入った。叔父愛用の一眼レフを譲り受けたのがきっかけだった。写真部は年に一度、秋の学園祭で展示会を行っていた。僕は展示会用に、いくつか風景を撮ってみたが、どれも平凡に思えた。ある夕暮れ、人影のまばらな学生食堂が、昼の混雑とは打って変わって新鮮に見えた。様々なアングルから写真を撮っていると、女性から声をかけられた。見知らぬアジア系の留学生だった。「何の写真撮ってる?」と彼女は真面目な顔で言った。展覧会に向けての写真と答えると、彼女はそれを理解したのかしていないのか、「そう」と言って席に戻って食事を続けた。彼女はあやうい手つきで箸を持ち、どうにか、かけそばを口に運んだ。彼女の食事の様子は、なにかしら心揺さぶるものがあった。僕は写真を撮ってもいいか尋ねた。彼女はダメだと言った。今日はアルバイトがあるからダメだが、今週の日曜なら大丈夫だという。日曜は「パレード」に参加するからそれを撮影すればいいと、場所と時間を書いて僕に渡した。

 日曜、指定された場所には、多くの外国人が集まっていた。彼らは政治的なメッセージが書かれたプラカードや横断幕を手にしていた。パレードとはデモ行進のことだったのだ。完全な場違いにたじろいでいると、彼女は僕を見つけて声をかけた。彼女は明らかに緊張していた。デモに参加するのは初めてだという。
 デモ行進が始まり、彼女は最後尾で歩み始めた。歩道からは時々、デモ隊に向かって、口汚いヤジが飛んだ。しかし、どんな罵声が飛ぼうとも、行進は淡々と進んだ。僕はその行進を歩道側から追いかけ、彼らが信号で立ち止まったり、曲がり角でスピードを落としたときに、その後ろ姿を写真に収めた。彼らの正面に出てカメラを構える勇気はなかった。
 日が暮れる前にデモ行進は終わり、参加者は三々五々に散った。彼女は、人気のないところに行きたいといった。僕らは新宿中央公園に歩いていき、ベンチに腰を掛けた。すぐさま、彼女は泣いた。「こわかった」と連呼しながら、しばらく泣いた。僕は彼女にかける言葉を持っていなかった。
 辺りが暗闇に包まれ、僕らは近くのファミリーレストランに行った。彼女は食事をすると元気を取り戻した。僕らはそこで、長いこと話をした。話と言っても、大半は日本に関する彼女からの質問だった。彼女の日本語はたどたどしく、発音も母国語なまりが強かったので、一つの会話が終わるのに多くの時間を要した。
 彼女はまだ話足りなそうだったが、終電の時間が迫っていたので、僕らはファミレスを後にした。家は何線かを尋ねると、彼女は「イチガヤ」と答えた。僕は彼女をJR新宿駅西口に連れていった。彼女は別れ際、不安そうな顔をした。何かを言いたそうだったけど、うまく言葉にならないようだった。僕は自分の終電が迫っていたこともあり、大丈夫だよと笑顔で、彼女を送り出した。彼女は頷いて改札を通った。僕は十数歩歩みを進めて、彼女を振り返った。彼女は駅員と何かを話していた。駅員は彼女の言葉がうまく呑み込めないのか、困った表情をしていた。僕は急いで引き返したが、彼女の話は要領を得ず、最終的に通りがかりの同胞が彼女の話を翻訳してくれて、問題がはっきりした。彼女の最寄り駅は市ヶ谷ではなく、曙橋だった。しかし、彼女はアケボノバシとうまく発音ができなかったので、大概、イチガヤと答えていた。そのことが判明した時、彼女の本当の終電も、僕の終電もすでに発車していた。
 学生の僕らにタクシーを使う余裕はなく、彼女は歩いて帰ることになった。僕は彼女を家まで送っていくことにした。幸い、友人が曙橋に住んでいたので、宿は確保できそうだった。
 昼は夏日のようだったが、夜は真冬のように冷えた。二人とも薄手の衣類しか持っていなかったので、僕らは腕をさすったり、背を丸めたりしながら歩いた。途中、彼女が寒いと言ったので、僕は彼女の肩に手をまわした。彼女は一瞬身を震わせたが、何も言わなかった。
 アパートの前で、彼女は改札の時と同じような不安な顔をしていた。しばらくの沈黙の後、彼女は「ありがとう」と言った。僕はすっかり体が冷えていて、言葉がうまく出ずに、頷いただけだった。彼女は手を振って、背を向けた。僕はその背中を少し見つめ、彼女が振り返らないことを確認すると、友人の家へと歩みだした。数歩進んで、彼女の方を振り返ってみたが、彼女の姿はもうなかった。

***

 晴れた日曜、朝からパソコンに向かう僕の背後に立った妻は、画面を覗き込んだ。
「それなに?小説?」
「そう、君と僕との最初のデートのこと」
 妻は僕をのけてパソコンの前に座って、小説を読み始めた。
「ほんと、男って、ええかっこしいね」
 妻は今では流暢な日本語を話す。
「あの夜、強引に私の家に上がり込んだのは、あなたよね」

(了)


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